2025年1月12日から14日まで、米ニューヨークで全米小売業協会(NationalRetail Federation、以下NRF)が主催する世界最大規模のカンファレンス&エキスポ「Retailʼs Big Show(リテールズ・ビッグ・ショー、以下ビッグショー)」が開催されました。今年のメインテーマは「GAME CHANGER(ゲームチェンジャー)」。最新テクノロジーやビジネスモデル、マーケティング、カスタマーエクスペリエンス、MD、運営、そして、ビジネスを支える人材テーマに至るまで、重要なトピックスを“変えていく”ヒントが詰まったイベントとなりました。筆者が同展のキーノートセッションに参加した中で、特に皆様に共有したいリテールトレンドをレポートしています。
■こちらはアパレルウェブ・イノベーション・レポートVOL.73の転載記事です
数字で見るイベントハイライト
筆者が5年ぶりにNRFに参加した中で全体として感じたことは、日本からの参加者を目にする機会が増えたことです。出展企業の中には、日本人が接客対応をするブースもありました。一昔前でしたら、語学に不安を感じて参加を決めかねた方も多かったことでしょう。しかし昨今はAIなど翻訳ツールがかなり便利になり、言語への心配が大きく軽減されたため、そうした参加者層にも変化があったようです。
- 40,000 人を超える来場者
- 6,200 を超えるブランドが参画
- 450 名のスピーカーによる175 以上の
- キーノートセッション(大手企業のCEO が登壇)やセッションを開催
- 1,000 を超える出展者が最先端のテクノロジー、小売サービスを展示・紹介
「NRF Big Show 2025」エキスポの様子
(NRF 提供© Jason DixsonPhotography)
ブランドにとってのユニファイドコマースとは?
2日目に筆者が参加したセッションでは、「Unified Commerce(ユニファイドコマース)」をテーマに、ライフスタイルブランドの「PacSun(パクサン)」とアウトドア・ギアブランドの「ARC ʻTERYX(アークテリクス)」が登壇しました。
「PacSun(パクサン)」と「ARCʻTERYX(アークテリクス)」のセッション(筆者撮影)
“ユニファイドコマース”とは、基本的に「顧客がリクエストした製品を確実に届けること」に加え、「顧客を深く理解すること」「常に顧客のために存在し、最高のショッピングエクスペリエンスを提供すること」「フレキシブルでフリクションレスな決済対応をすること」などを意味する言葉です。
セッションで紹介された事例の中で印象深かったのは、「ARCʼTERYX」による、「スムーズな販売とパーソナライズされたショッピングエクスペリエンス」「店員が顧客サービスを向上させるための支援」についての実践エピソードです。
「ARCʼTERYX」の北米店舗のVP(ビジュアルプレゼンテーション)兼グローバルリテールオペレーションを担うジョー・グラナト氏は、「最近の買い物客は、複数の販売チャネルを利用するだけでなく、事前にリサーチを行い、商品について熟知している。そのため、ショッピングジャーニーは来店前から始まっている」と述べていました。販売員と顧客のエンゲージメントの瞬間は、顧客にとっては永遠のように感じられるもので、10秒間もあれば背を向けるのに十分な時間だとも言われています。こうした状況で、ブランドは、顧客が訪れているのが店舗であれオンラインのカスタマーサービスであれ、より迅速な対応が求められると指摘していました。
さらに、「顧客は何かを探している際に放っておかれたくない」とも述べ、例えば、顧客が求めている商品が売り場で見つからない場合、30秒以内に顧客に届けるような対応が求められると、迅速な対応の重要性を強調しました。
また、ユニファイドコマース戦略は顧客だけでなく、サービスを届ける店舗スタッフに向けたものでもあるとグラナト氏は説明します。「ARCʼTERYX」では、そのツールとして、Manhattan(マンハッタン)社が提供するPOSコマースの「MAO(Manhattan Active®Omni、マンハッタン・アクティブ・オムニ)」を導入。これにより、店舗スタッフは接客時などに必要な情報を数クリックで得られ、シームレスな買い物環境を顧客に提供することに成功しているとのことです。
同セッションでは、ブランドが考える「タイム・バリュー・プロポジション」についても言及されました。テクノロジーを活用し、従業員の働きやすい環境を整えることが、顧客に対して価値のあるサービスを届けるために重要なポイントであることを再確認しました。
グローバルブランドとしての革新と世界中でコミュニティ拡大を続ける「lululemon」
イベント最終日、筆者が注目したのは、「lululemon(ルルレモン)」のCEOであるCalvin McDonald(カルバン・マクドナルド)氏のキーノートセッションでした。
「lululemon」CEO のカルバン・マクドナルド氏のキーノートセッション
(NRF 提供© Jason DixsonPhotography)
マクドナルド氏は2013年から5年間、LVMH傘下のグローバルコスメチェーン「Sephora(セフォラ)」で米国市場のCEOとして活躍し、その後2018年8月に「lululemon」のCEOに就任。「Sephora」でのさまざまな改革実績に加え、46歳という若さで「lululemon」のCEOに就任したことに期待を寄せたことを覚えています。
ヨガウェアを起点にスタートした「lululemon」は現在、ウィメンズ・メンズラインを展開し、ヨガに限らずゴルフやテニス、ハイキング、トレーニング、ランニングなどさまざまなパフォーマンスウェアを提供しています。ライフスタイルの変化にも柔軟に対応し、アスレジャーウェアの代表格として定着した人気を誇ります。マクドナルド氏は、「lululemon」が愛される理由について、 “高機能でスタイリッシュ、かつ非常に汎用性の高いアパレルを揃えていること”であると説明。加えて、多くの顧客が複数の販売チャネルで買い物をする“オムニ顧客”であり、特に店舗での購買活動が活発であることを挙げました。
「lululemon」ニューヨーク・ソーホー店舗外観(筆者撮影)
2018年にマクドナルド氏がCEOに就任後、同年に展開されたセルフケア製品のビジネスは終了しましたが、2022年に米国でスタートしたフットウェア事業は、“市場に余地(チャンス)がある“とし、今後も創造と革新の機会を追求する意欲を示しました。二次流通についての直接的な言及はありませんでしたが、“テキスタイルのリサイクルや業界の循環性に情熱を持っている”と話し、前向きな姿勢が感じられました。また、中国市場についても触れ、CEO就任当初は10店舗以下だったが、ここ5年間で急速な出店を行い、現在では140店舗以上に拡大し、米国を除いて2番目に大きな市場となっていると報告しました。
2025年に向けた見通しは楽観的なえのようで、消費は証明されているものの、“顧客は厳選している”と指摘し、顧客が求める「バリュー(価値)」「イノベーション(革新)」「エクスペリエンス(体験)」を提供しなければならないと続けました。
最後に、「lululemon」の代表的で人気の商品ライン、「Align(アライン)」シリーズが10周年を迎えることに言及。新製品の投入が予定されており、今後の市場展開ではイタリア、チェコ共和国、ベルギー、デンマーク、トルコへの進出が計画されています。また、既存市場である日本や韓国は非常に好調で、さらなる革新の可能性を秘めているとの展望で締めくくりました。
ブランドとウェルビーイングの関わり
「Oura」(画像中央)と「lululemon」(画像右)によるセッション
(NRF 提供© Jason Dixson Photography)
「lululemon」とスマートリングブランド「Oura(オーラ)」による、コミュニティとウェルビーイングをテーマとしたセッションにも参加しました。
「lululemon」では、人々が最良の健康状態を維持することとその支援をブランドの使命として掲げています。しかし、同社が昨年9月に発表したグローバル・ウェルビーイング・レポートの調査結果では、さまざまな健康情報やツールが提供されているにもかかわらず、「健康でいなければならないことにプレッシャーを感じている人が多い」という結果が分かりました。一方で、「友人と一緒に運動するという人が23%増加した」という結果もあり、コミュニティの繋がりを求める声が高まっていることも明らかになりました。
このような調査結果を踏まえ、「lululemon」ではウェルビーイングとコミュニティの重要性を唱え、749の店舗でアクティビティを実施し、特定の地域では大規模なイベントを開
催しています。“誰かと共に運動する” というコミュニティコンセプトは、対顧客だけでなく、出張中のスタッフ同士で運動を行うなど従業員間でも実施されています。さらに、従業員を対象としたフィットネス福利厚生「SweatyPursuits(発汗の追求)」を提供しており、このプログラムでは、コミュニティ参加機会に加え、従業員それぞれが健康上のゴールを達成するための月々の資金が割り当てられ、ヨガクラスなどに活用できるといいます。 こうした取り組みを積極的に実施することで、「lululemon」は従業員のウェルビーイングを支援するだけでなく、例えば、新しいスタジオの出店情報や、顧客がどのような場で繋がりを持っているかといった市場調査にも役立てているようです。
個人的に注目しているのは、2022年からスタートした無料のメンバーシッププログラムのアップデートです。当初のプログラムでは、イベント参加、新商品への先行アクセス、丈詰めサービスといった買い物に関連した特典が中心でしたが、昨年9月からはウェルビーイング支援を目的とした新たな特典が追加されました。新たに「Move(運動)」「Fuel(栄養)」「Restore(回復)」の3つのカテゴリーが設定され、12の他ブランドと提携し、ブランド毎に特典が付与されています。その中の一つである“フィジカル・メンタルの回復”の領域では、「Oura」とのパートナー提携が発表されました。
筆者が購入した最新の「Oura Ring(オーラリング)」
「Oura」は、2013年にフィンランドで創業したヘルステクノロジー企業で、リング型のウェアラブルデバイスを提供しています。デバイスを通じて着用者の心拍数、呼吸数、血中酸素濃度、体温などを追跡し、そのデータを元に睡眠やストレス、フィットネス、そして翌日の身体の準備状態に関するスコアを生成し、着用者の心身の健康をサポートしてくれます。 筆者は、セッション参加を機に、両ブランドのサービスリサーチも兼ねて最新の「Oura Ring(オーラリング)」を購入。今後、「Oura Ring」を含む「lululemon」のメンバー特典サービスについては、引き続き、アパレルウェブ・イノベーション・ラボのウェブトピックを通じてお伝えしていきます。
参照:
https://nrfbigshow.nrf.com/
https://www.pacsun.com/
https://ouraring.com/
https://www.manh.com/en-sg/our-solutions/omnichannel-software-solutions
■全文はAIL会員レポートデジタル版でも公開中!
【VOL.73】AIL ASIA TOUR 2024 REPORT<シンガポール・マレーシア>
“一括りでは通用しない” SEA市場をつかみ、攻略する<2025 SPRING>
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執筆者
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RINA Yoshikoshi|AILメディアパートナー
NYC在住ブランド、テクノロジー系ライター / コンサルタント
NYを拠点にブランド、リテール、ウェルネス、D2CのCPGブランドの現地市場を調査。店舗で導入される最新テクノロジーや米国での先進事例なども研究。執筆活動、リソースを元にしたマーケティング&ビジネスコンサルティングやアドバイザリーも行う。
関心: #ファッション #フィットネス #ウェルネス #スーパーマーケット+CPG