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ローカルファッションの成熟する「バンコク」 東南アジア随一のグローバル都市「シンガポール」【ファッションキャピタルレポート ASEAN前編】

「スタイルクリップ フラッシュレポート」の特別編として、ファッションにおける重要都市、いわゆる「ファッションキャピタル」の現状をレポート。ASEAN地域を代表する「ファッションキャピタル」として注目されるタイ・バンコクとシンガポールを、前編・後編の2回に分けてお伝えしていきます。前編では、ローカルブランドの躍進やファッション業態の進化が著しいタイ・バンコクについて詳しく解説します。
アジアに生まれる「ファッションキャピタル」
「ファッションキャピタル」とは、「クリエーション(創造力)」「商業」「アート」「発信力」といった、複数の要素においてファッション産業全体を牽引する都市のことを指します。その代表都市として挙げられるのが、フランス・パリです。世界最高峰のファッションウィークや、「Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン)」など多くのラグジュアリーブランドを傘下に持つLVMHグループが主導するファッションビジネス、そしてラグジュアリーブランドを支えるアーティストやクリエイターが交差し、長年にわたり強い影響力を発信してきました。
これまではパリをはじめとする欧州の各都市が「ファッションキャピタル」として君臨していましたが、近年では経済成長と中間層の拡大を背景に、アジアが新たなファッションの勢力圏として台頭しています。ストリートカルチャーを背景に独自のスタイルを築いた東京、そして、セレブリティやSNSの影響力を駆使して世界的な発信力を高めている韓国・ソウルがその代表的な存在です。一方、ASEAN地域では長年に渡り、タイ・バンコクとシンガポールが「ファッションキャピタル」の座をめぐり競い合ってきました。現在では、それぞれが明確な方向性を確立しています。
ローカルブランドとファッション業態の進化が目覚ましいタイ・バンコク
タイの首都バンコクは、ローカル文化と創造性を基盤としたファッションの拠点として発展を続けています。新興国ではまず、一部の富裕層向けのラグジュアリーマーケットが形成され、その後、若者を中心としたストリートやローカルファッションが生まれます。さらに中間層が豊かになるにつれて、リアルクローズを中心としたマーケットが拡大し、「ファッションキャピタル」としての成熟が始まります。バンコクはまさに、その成熟期の入り口に立っているといえるでしょう。

「Platinum Fashion Mall」は約2,000以上のアパレルショップが集まる、
東南アジア最大級の卸売型ファッションモール(「Platinum Fashion Mall」公式サイトより)
こうした傾向は、タイにおける商業施設開発の変遷からも読み取ることができます。1980年代は百貨店が主流でしたが、2010年代前半にPlatinum Fashion Mall(プラチナム・ファッション・モール)など卸売型ファッションモールが登場。2010年代後半にはラグジュアリーモールや、食事や体験を楽しむ時間消費型モールが誕生しました。そして、2020年代では、中間層をターゲットにしたライフスタイル重視型のモール開発が進んでいます。
グレード別に見ると、2000年代頃まではラグジュアリーやベター(高価格)マーケットにおいては、欧米ブランドが中心的な存在でした。一方、ボリューム(大衆価格)マーケットでは、ローカルSPA(「AⅡZ(エーツーゼット)」「Jaspal(ジャスパル)」)のほか、アジアのローカルSPA(「Giordano(ジョルダーノ)」)や欧州のアフォーダブルSPA(「MANGO(マンゴ)」)がモールのファッションゾーンを形成していました。そこにグローバルSPA(「ZARA(ザラ)」「H&M(エイチアンドエム)」「UNIQLO(ユニクロ)」)が進出し、ファッションのグローバル化が進展したのです。
中間グレード市場の成長
そして今、注目すべきは中間グレード市場の成長です。タイではローカルブランドの出店拡大や、日本や韓国ブランドの進出が加速しています。バンコク中心部から東に位置するスクンビット地区に、2023年にオープンしたショッピングセンター「EM Sphere(エムスフィア)」を見ると、その傾向が明確にうかがえます。同モールは、タイの大手小売グループThe Mall Group(ザ・モールグループ)が手がけたもので、同じ地区にある中高級百貨店「Emporium(エンポリアム)」やラグジュアリーモール「EmQuartier(エム・クォーティエ)」とともに、「Em District(エム・ディストリクト)」と呼ばれるショッピングゾーンを形成しています。ファッションの高価格帯マーケットを前述の2館で展開しており、「EM Sphere」のファッションゾーンは中価格帯ブランドを中心に構成されています。

ファッションやエンターテインメントが一体となった次世代型の商業空間が特徴の「EM Sphere」
左:「EM Sphere」の外観(「EM Sphere」公式サイトより)
右:「EM Sphere」館内の様子(筆者撮影)
「EM Sphere」では、日本のセレクトショップ「UNITED ARROWS(ユナイテッドアローズ)」と「BEAMS(ビームス)」が出店しています。また、韓国企業が再建した「MARITHÉ FRANÇOIS GIRBAUD(マリテ・フランソワ・ジルボー)」や、ローカルで人気の「GENTLE WOMAN(ジェントルウーマン)」など、生活者のライフスタイルに寄り添うブランド編集が特徴です。かつてのタイブランドは、「FLY NOW(フライナウ)」のようなパンチの効いたデザイナーブランドや、「SRETSIS(スレトシス)」「GREYHOUND(グレイハウンド)」のように世界観を強く打ち出すブランド、そしてパーツ販売を中心とするローカルSPAに分化していましたが、近年はその中間を埋めるブランドやセレクトショップが増えています。
左:複合施設「One Bangkok(ワン・バンコク)」にある「THE DECORUM」(筆者撮影)
右:「EM Sphere」にある「PRONTO」(筆者撮影)
セレクトショップの増加は、バンコクにおける中間グレード市場の特徴のひとつです。欧米のブティックやスペシャリティストアを日本が再解釈したセレクトショップが東アジアで広がり、同様の現象がバンコクでも見られます。シンガポール発の「CLUB21(クラブ21)」をはじめとするラグジュアリー系のセレクトショップや、街中で見られるミセスブティックなどは以前からありましたが、近年ではそれらとは一線を画す、新しい編集型セレクトショップが増加しています。デニムショップから進化した「PRONTO(プロント)」、カジュアルとデザイナーズを編集する「SIWILAI(シウィライ)」のほか、日本のセレクトショップとの共通性を感じる「THE DECORUM(ザ・デコラウム)」、地元のデザイナーブランドを扱う「HIDE Selcted(ハイド セレクテッド)」など、ジャンルの幅も多岐に広がっています。
バンコクは「ファッションキャピタル」としての存在感を確実に高めています。ラグジュアリーとローカル、そして中間層を中心としたブランド構造の多層化が進行。欧米モデルを模倣する段階を超えて、自国の文化と生活者のリアリティに根ざしたファッションの在り方を提示しているのです。ローカルブランドの台頭、デザイナーやセレクトショップによる編集型市場の形成、そして商業施設が担う発信基盤の進化。これらが重なり合うことで、バンコクは「消費都市」から「創造都市」へと転換し始めています。
ファッションキャピタルレポート ASEAN後編(シンガポール)はこちら。
執筆者
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山中 健|Takeru Yamanaka
株式会社アパレルウェブ コンサルティングファーム主席研究員、apparel-web.com編集長
大手百貨店、外資系ブランドメーカー、大手経営コンサルタント会社を経て、コンサルタントとして独立。アパレル業界を中心に、雑貨などのライフスタイル、百貨店、SCなど、幅広い業態に対しマーケティングやMD、リテール、海外進出のコンサルティングを手掛ける。トレンド分析、市場調査、戦略策定などのマクロなテーマから、個店支援、研修などの現場へのブレイクダウンまで様々なテーマのコンサルティングに対応可能。また、欧米、アジア、国内のコレクション取材やファッションマーケット調査を数多く行っており、国内外のファッションビジネスの動向を語ることができる貴重な存在として注目されている。2009年にアパレルウェブコンサルティングファーム主席研究員、2011年にapparel-web.com編集長就任。



