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J.Crewの「ヘリテージ」とピックルボールの「カルチャー」が映す、“再解釈”という時代のキーワード【Coffee Talk from NYC Vol.36】

RINA Yoshikoshi|AILメディアパートナー
執筆者

 ニューヨーク現地より、小売×テック関連の旬なトピック・体験レポートをお届け。アメリカのコーヒーブレイク中に行われるカジュアルミーティング、“Coffee Talk(コーヒートーク)”にちなんで、気軽にインプットいただけるレポートを定期配信していきます。 

 あと数ヶ月もすれば新しい年がやってきます。そこでVol.36は、今年を振り返りつつ、2026年に向けて意識すべきことを考えていきます。振り返る中で感じたこととして、今年は「古いもの」や「すでに存在しているもの」を、まったく新しい価値として再提示する動きが、ファッションだけでなく、さまざまな領域で一段と目立ったことです。

 たとえば、ラグジュアリーリセールの代表格「The RealReal (ザ・リアルリアル)」が、今年のアースデー月間に掲げた “Old is the New New(古いがいま、新しい)”というキャンペーンひとつとってもその傾向が感じられます。この言葉には、新しいものを追うだけでなく、“すでにあるものを新しい目で見る”という、今の時代のマインドセットが表れています。

 「古い」は“過去”のものではなく、“新しさ”の要素を持つ存在。日々、AIの話題が尽きない中で、私たちは今“新しさ”を「更新」するだけではなく、これまで存在していたモノやコトを「再解釈」することも求められているのだと思います。


関連記事:The RealReal(ザ・リアルリアル)が発信する「“古い”が今、“新しい”」 ―「コト」が「モノ」の価値を高める時代へ

 

ヘリテージを今の感性で着こなす、J.CREWの再解釈――「J.CREW at 190 Bowery」ポップアップ

「J.CREW」による「J.CREW at 190 Bowery」ポップアップ(筆者撮影)

 

 夏の終わりを感じ始める9月、「J.CREW(Jクルー)は、ニューヨーク・ソーホーで2日間限定のポップアップイベント J.CREW At 190 Bowery(Jクルー アット 190 バワリー)」 を開催しました。

 ブランドのヘリテージ(歴史)とアイデンティティを体験できるイマーシブな空間として設計されたこのイベントは、マンハッタンの中でも歴史的な建造物である「Germania Bank Building(ジャーマニア バンク ビルディング)」を舞台に実施されました。この建物はストリートブランドの「Supreme(シュプリーム)」が出店することでも知られ、ローカルでは“ザ・バンク”と呼ばれています。

 会場には、まるで長年ニューヨークに暮らす人の自宅を訪ねたかのような温かさが漂い、数フロアにわたって「J.CREW」の世界観が丁寧に再現されていました。ブランドの過去と現在が自然に交差するその空間は、単なるイベントではなく、「J.CREWらしさ」そして“「J.CREW」のヘリテージ”を再発見するための体験そのものだったのです。

 会場に入ってまず手渡されたのは、各フロアの構成を紹介するガイドリーフレットと、2階のダイニングルーム に設置されたカフェで使えるクーポン。クーポンでは、淹れたてのコーヒーや焼きたてのデニッシュ、手づくりのお菓子などと交換することができました。ジャズミュージシャンの生演奏が流れる中、コーヒーを片手に、「J.CREW」の世界へゆっくりと引き込まれていきます。

 ブランドがこの空間に込めた思いは、「世代を超えて受け継がれてきたJ.CREWの世界」。会場にはヴィンテージの家具や、「J.CREW」の懐かしいカタログが並び、このポップアップのために制作されたプロップさえも、わざと少し古びた質感に仕上げられていました。フロアに用意されたギフトショップに並んだ限定グッズも、どこか懐かしさを感じるデザインのものばかりで、来場したそれぞれの世代のファンたちが楽しめる工夫が随所に見られました。

ポップアップの様子(筆者撮影)

 タイムレス” という言葉の本当の意味

 古い階段を上ると、さらにいくつもの部屋が広がり、まるで懐かしい「J.CREW」のカタログを一枚ずつめくるような体験が待っていました。

 3階に設けられたアトリエルームには、「J.CREW」のヴィンテージコレクションが販売され、来場者が次々と手に取ります。奥のスペースでは、初期デザインのスウォッチや素材が展示され、ブランドのこだわりが細部にわたり伝わってきます。このスペースでは「New York Embroidery Studio(ニューヨーク・エンブロイダリー・スタジオ)」とのパートナーシップによるサービスも。ポップアップ用にセレクトされた商品を購入すると、その場で刺繍を施すパーソナライズサービスを無料で提供していました。筆者もベースボールキャップを購入し、この日の記念に「NYC」と刺繍していただきました。

ポップアップの刺繍サービスや配布されたガイドリーフレット(筆者撮影)

 

 会場に並ぶヴィンテージアイテムのすぐ隣には、秋の新作。懐かしさと新しさが違和感なくブレンドされ、ふと「The RealReal」のキャンペーン“Old is the New New”が思い出されました。 “タイムレス” という言葉の本当の意味を改めて感じた瞬間となりました。

 そしてこの体験を通して考えたのは、いま私たちが生きる「AI時代」についてです。AIが生み出す“新しさ”に目を奪われがちな今こそ、私たち自身がこれまで積み重ねてきた文化やデザイン、記憶を見つめ直すことも、本当の意味での「創造」につながっていくのだと気付かされました。単に新しいものを次々と生み出していく時代ではなく、これまでに存在してきたモノやサービスを改めて理解し、再解釈していく時代でもあるのだということです。

懐かしいスポーツが、新しいカルチャーと時代を作る。――「ピックルボール」の世界

  もうひとつ、“Old is the New New”を体現している存在として、ここ数年注目され、筆者自身もハマっているスポーツ「Pickleball(ピックルボール)」 があります。「ピックルボール」は1965年にアメリカ・ワシントン州で誕生したスポーツです。テニス・バドミントン・卓球の要素をミックスしたようなスポーツで、もともとは家族で気軽に楽しめる遊びとして生まれたといわれています。

 長らくローカルな存在にとどまっていたようですが、パンデミックをきっかけに、屋外で安全に楽しめるスポーツとして若い世代の間でも人気が急上昇しています。いまでは、全米で1,300万人以上がプレイしていることが、NPO法人Sports & Fitness Industry Association(全米スポーツ・フィットネス産業協会/SFIA)の「2024 Topline Participation Report」内で報じられ、アメリカ史上最速で成長し続けているスポーツとして知られるようになりました。

 シニアからヤング層まで同じコートで一緒にプレイできるという手軽さとコミュニティ性が、競うだけでなく“つながる”スポーツとして受け入れられ、世代を超えて愛されているのです。

成長を続ける世界のピックルボール市場

(Image by ChatGPT

 

 その広がりは数字にも表れています。「Market.us」 によると、世界のピックルボール市場は2024年の22億ドル(約3,300億円)規模から、2034年には91億ドル(約1兆3,600億円)に達する見込みです。市場には、パドルと呼ばれるラケットやボール、ネット、アパレルといった製品だけでなく、コート建設やトーナメント運営、トレーニングなどのサービス分野も含まれます。世界的にプレイヤー人口と設備需要が急増しており、このスポーツが単なるブームではなく、“カルチャーとして定着”しつつあることを示しています。

「メジャーリーグ・ピックルボール」の決勝戦がニューヨークで開催――東レがアジア初MLP公式パートナーに

CityPickleが運営するコート(公式より)

 

 今年8月には、ニューヨーク・マンハッタンのセントラルパーク内にある「Wollman Rink(ウォルマンリンク)」を舞台に、CityPickle(シティピックル)が運営するコートで、プロリーグ「Major League Pickleball(メジャーリーグ・ピックルボール、 MLP)」 のファイナル・トーナメントDoorDash MLP Finals 2025 powered by TORAYドアダッシュ・MLP・ファイナルズ 2025 パワード・バイ・東レ)が開催されました。シーズンを通して競い合ってきた全22チームの頂点を決める決勝戦であり、いまやピックルボール界で“最も注目される大会”のひとつとして知られています。

 MLPでは、日本の東レ(TORAY)がアジア初のMLP公式パートナーとなりました。同社の炭素繊維「トレカ®(TORAYCA)」がすでにパドルの高品質グレードの一部に使用されていることもあり、ピックルボールとの親和性が高く、素材技術の観点をとっても新たな可能性を感じさせます。

CityPickleが描く、アーバンウェルネス

 このウォルマンリンクのコートは、通常は冬季にアイススケートリンクとして利用される歴史ある施設なのですが、春から秋にかけては、ピックルボール専用のコートとして定着しつつあります。2021年にニューヨークで設立された「CItyPickle(シティピックル)」。“気軽に、街の真ん中で、誰もがつながれるスポーツを”という発想のもと、創業以来わずか数年でニューヨークを中心に急速に拡大しています。

 「CityPickle」は、野外コートを中心にセントラルパークのウォルマンリンクやハドソンヤードなどニューヨークの象徴的な場所で期間限定のポップアップコートを開催。TWAホテルでは、空港史上初となるピックルボールを設置するなど、ユニークな立地を活かした体験を届けています。また23年9月には、ロングアイランドシティに常設の屋内型のピックルボールクラブをオープン。バーカウンターやラウンジを併設し、スポーツとしてだけでなく、新しいウェルネスコミュニティを形成しています。

 現在は他都市にも展開を広げる中で、年内にはニューヨークのタイムズスクエアにもオープンを控え、2026年には、ブルックリンブリッジ(ニューヨーク)とボカラトン(フロリダ)にも新施設をオープン予定だそうです。懐かしさを感じさせるルーツを持ちながらも、新しいレンズを通すことで再びカルチャーとして息を吹き返したピックルボール。それはまさに、“Old is the New New=古きものに新しい意味を吹き込む時代“の象徴といえるでしょう。

【まとめ】“再解釈”は未来を描くプロセス

 “再解釈”とは、ただ単に過去を懐かしむ行為ではなく、未来を描くためのプロセスだと思うのです。「Abercrombie & Fitch(アバクロンビー&フィッチ)」や「Ralph Lauren(ラルフローレン)」のようなレガシーブランドでさえ、いまの時代に合わせてその価値を更新し、再解釈しています。ブランドがヘリテージを見直し、スポーツがカルチャーへと進化するように、あらゆる産業がいま、“再解釈”を通じて次の価値をつくり出そうとしています。そんな機運を感じる2025年でした。


参照:https://www.toray.co.jp/news/article.html?contentId=1fg3wigd
https://majorleaguepickleball.co/
https://market.us/report/pickleball-market/

 

執筆者

  • RINA Yoshikoshi

    NYC在住ブランド、テクノロジー系ライター / コンサルタント|AILメディアパートナー

    NYを拠点にブランド、リテール、ウェルネス、D2CのCPGブランドの現地市場を調査。店舗で導入される最新テクノロジーや米国での先進事例なども研究。執筆活動、リソースを元にしたマーケティング&ビジネスコンサルティングやアドバイザリーも行う。
    関心: #ファッション #フィットネス #ウェルネス #スーパーマーケット+CPG