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AIが小売の購買体験をどう変える? 「Phia(フィア)」「Daydream(デイドリーム)」「Olive(オリーブ)」が示す次世代AI消費 

RINA Yoshikoshi|AILメディアパートナー
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 AIの領域では「生成」から「行動」へと大きなシフトが起こっています。もし2024年が“生成AIの年”だったとするならば、2025年は“AIエージェントが動き出した年”といえるでしょう。

 今年、アメリカで開催された数々のビジネスカンファレンスや業界イベント、そしてオンラインセミナーを通じて感じたのは、AIがすでに“探す・提案する・買う”といった一連の購買行動を担い始めているということです。企業は、“消費者にどう見つけてもらいたいか”から、“AIにどう見つけてもらうか”へと戦略の焦点を移しつつあります。

 これは、「エージェント・コマース元年」が始まったといっても過言ではないでしょう。

“探す”AI ― 比較と透明性の「Phia」

 今年よく耳にしたのは「ファション x テクノロジー」という言葉です。アメリカでは、垂直型のAIショッピング型エージェントとして「Phia(フィア)」や「Daydream(デイドリーム)」話題を呼びました。

AIショッピング型エージェント「Phia(フィア)」公式サイト

 

 「Phia は、ビル・ゲイツ氏の娘Phoebe Gates(フィービー・ゲイツ)氏とスタンフォード大学時代のルームメイトSophia Kianni(ソフィア・キアーニ)氏による共同スタートアップです。価格透明性とサステナビリティを軸に、AIが新品とリセール(中古)の両方を横断的に比較し、最適な価格や購入タイミングを提案してくれます。特にプライスコンシャスで、循環型ファッションに関心のあるZ世代からの支持が高いようです。

「Phia」では、AIが新品と中古品の両方を横断的に比較し、最適な価格や購入タイミングを提案。
画像では公式サイトと中古プラットフォーム「POSH MARK(ポッシュマーク)」などで販売されている
「Gentle Monster」の商品を比較できる
(「Phia(フィア)」公式サイトより)

 

“提案する”AI ― 感性とスタイルの「Daydream」

 一方で「Daydream」は、AIを活用したファッションプラットフォームとしてより“感性の領域”が軸となっています。創業者のひとりは、「Nordstrom(ノードストローム)」「Sephora(セフォラ)」そして「Stitch Fix(スティッチ・フィックス)」「The Yes(ザ・イエス)」などで変革を牽引してきたJulie Bornstein(ジュリー ボーンスティーン)氏。

 チャットベースのAIがユーザーと対話しながら、シーンや好みに応じてスタイルを提案してくれます。まるで「パーソナルスタイリスト」と話しているかのように、自然な会話の中から理想の一着を見つけていくという体験を届けています。

 例えば、「Perfect Top for work evening event(仕事関連の夜のイベントで最適なトップス)」と入力すると、さまざまなシルエットや素材、カラーの提案が返ってきます。AIはさらに、「よりフォーマルな雰囲気が良いですか?それともソフトなシルエット?」などと質問を重ねながら、ユーザーの意図を理解し、スタイルを絞り込んでいくのです。このやり取りそのものが、すでに新しいショッピングの体験といえるでしょう。

AIサービスのリアルイベント開催「Daydream in SoHo」 世界観を訴求

 「Daydream」は2023年に創設され、翌年6月には5,000万ドル(約78億円)のシードラウンド調達を発表。AIファッション領域では異例の規模として注目されています。そして2025年10月、同社は初のリアルイベント「Daydream in SoHo(デイドリーム イン ソーホー)」をニューヨーク・ソーホー(152 Wooster Street)で開催しました。

リアルイベント「Daydream in SoHo(デイドリーム イン ソーホー)」(筆者撮影)

 

 筆者もイベントに足を運びましたが、土曜日の午後ということもあり、会場前には入場待ちの列ができていました。入り口ではQRコードをスキャンして「Daydream.ing」に登録する仕組みが用意されており、自然な流れでサービスを試してもらう工夫がされていました。会場内にはDJの音楽やドリンクバー、軽食やオーラリーディングなどのブースもあり、あえてサービスのデモンストレーションは設けられていませんでした。これは「Daydream」の世界観を体験することを重視しているように感じました。

 さらに、「Daydream」はこのイベントをソーホー一帯に拡張し、20以上のパートナーブランドと連携して、店舗を巡るとその日限定のプロモーションや特典が受けられる体験が実施されました。デジタルとフィジカルをつなぐだけでなく、コミュニティの融合を感じることのできるイベントでした。

暮らしに“寄り添う”AI ― ライフスタイル提案の「Olive

 2025年10月、アメリカのプレミアムホーム&キッチンブランド「Williams Sonoma(ウィリアムズ ソノマ)」は、「Salesforce(セールスフォース)」と連携し、グループの全ブランドにAIプラットフォーム「Agentforce 360(エージェント フォース360)」の導入を発表しました。 

(筆者撮影)

 

 料理やギフト、キッチン用品など上質なライフスタイルを提案する「Williams Sonoma」では、AIエージェント「Olive(オリーブ)」が自立型コンシェルジュとして稼働していました。レシピの提案からキッチン用品の選び方、さらに購入のサポートまでチャット形式で対応してくれる仕組みです。

 同社は今後、問い合わせの60%以上を、AIが自立対応できる体制を目指しているということで、AIがブランドの体験の“第一接点”となる時代を象徴する取り組みとして注目しています。

■実際にOliveを試してみた

筆者  :“Need help on holiday gift idea(ホリデーのギフトアイデアを相談したい)”

Olive  :“Cloud you share a bit more about who you’re shopping for? … 以下省略(どなたのために買い物を考えていらっしゃるか、もう少し教えていただけますか?)”

筆者  :“good question! It’s for home cook. A baker! (良い質問ですね!料理好きで、ベーキング好き!)”

AIエージェント「Olive(オリーブ)」を利用した様子(筆者撮影)

 

 実際に試してみると、スムーズな会話のキャッチボールにその “自立度の高さ” を感じました。例えば質問への応答が自然で、必要に応じて商品を即提案してくれる点は、「Ralph Lauren(ラルフローレン)」の「Ask Ralph」と並ぶフリクションレスな体験でした。

 一方で、同グループ内の「West Elm」や「Pottery Barn」のAIは、最終的に人のカスタマーサービスに転送される設計で、ブランド哲学の違いが明確に現れていました。「Williams Sonoma」では、AIがすでに“ひとりの店員”として機能している印象で、ブランドの上質な世界観を損なうことなく購買体験を実現しています。

まとめ

  1. ■探すAI ― 比較と透明性の「Phia
  • 価格比較やリセールを横断して、ユーザーの「納得のいく選択」を支援
  • 消費者の“探す”行為そのものをAIが代替
  • Z世代らしいサステナビリティ意識×価格感度の掛け合わせ

 

  1. ■提案するAI ― 感性とスタイルの「Daydream
  • 会話型AIがユーザーの好みを理解し、スタイリング提案を行う
  • “探す”から“出会う”へ。AIが感性とトレンドをつなぐ存在に
  • 「SoHo」で初のリアル開催イベントが象徴するように、コミュニティとブランド体験を重視

 

  1. ■暮らしに寄り添うAI ― ライフスタイル提案の「Williams Sonoma/Olive
  • 家具・キッチン領域のAIコンシェルジュ
  • 購入目的や生活文脈を理解して、長く使えるアイテムを提案
  • “何を買うか”に加え、“どう暮らすか”を共に考えるAI

 

 AIが小売の購買体験に入り込むいま、私たちの「探す」「提案される」「選ぶ」「買う」という行動は、これまでとは異なる文脈で体験する機会が増えています。

 「Phia」のように“選択の理由”を可視化し、「Daydream」のように“感性でつなぎ”、「Olive」のように“暮らしに寄り添う”――AIは単なる効率化のツールではなく、ブランドと生活者の関係を再構築する存在として確立し始めているのです。

 筆者自身が体験して強く感じたのは、「Olive」や「Ask Ralph」のような優秀なAIエージェントとの対話を経験してしまうと、一般的なカスタマーサービスのチャットとの差があまりにも大きく感じられるという点です。そもそも最初から人に対応してもらう必要がないような質問や相談であった場合、私たちは今後このレベルの自然さと的確さを“基準”として求めるようになるのかもしれません。こうした流れを踏まえると、来春頃には、「まずはAIに質問することが“当たり前”」という認識が広がっていても不思議ではありません

 いま、アメリカの小売業はAIを通じて、かつてないスピードで進化しています。その変化は、世界のリテールの未来を映す鏡となるかもしれません。

執筆者

  • RINA Yoshikoshi

    NYC在住ブランド、テクノロジー系ライター / コンサルタント|AILメディアパートナー

    NYを拠点にブランド、リテール、ウェルネス、D2CのCPGブランドの現地市場を調査。店舗で導入される最新テクノロジーや米国での先進事例なども研究。執筆活動、リソースを元にしたマーケティング&ビジネスコンサルティングやアドバイザリーも行う。
    関心: #ファッション #フィットネス #ウェルネス #スーパーマーケット+CPG