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【独自取材】人流データをつなげて新しい顧客体験の可能性を探る「unerry」

AIL編集部
AIRVol.65 転載記事
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※こちらの記事は2023年2月8日時点の取材内容です。

 目覚ましくDXが進む広告業界では、近年Cookieを用いたデジタル広告に対する規制が強化され、データを活用したデジタルマーケティングが岐路に立たされています。その一方、経済活動が正常化しはじめた国内では店舗への客足が戻り、インバウンドも復活しはじめました。こうした状況を踏まえ、新たな店舗戦略であり顧客体験サービスとして注目されているのがリテールメディアです。すでに海外では、北米を中心として「アマゾン」などの大手ITプラットフォームが先行参入しています。

 ボストンコンサルティンググループの統計では、米国では今後平均成長率が年5%で推移すると予測。2026年には1,000億ドル、日本円にして約14兆円を見込んでいます。日本でも大手コンビニエンスストアや家電量販店が相次いでリテールメディアへの参入を表明しました。そこで今回は日本市場の最新状況、リテールメディアの仕組み、活用事例について、国内の最前線で挑戦している「unerry」の代表取締役社長CEO、内山英俊氏に詳細を伺いました。

それでは、まず「unerry(ウネリー)」について教えていただけますか?

内山氏:「unerry」は2015年に創業した会社で、「リアルな社会をデータ化する」ことを軸に事業展開しています。当社が構築するプラットフォームは、スマートフォンから得られる人の流れをデータ化した1.5億IDほどの“人流データ”と日本の主要店舗における購買データとの連携を可能にしています。その中で、現在は主に、分析サービス、広告サービス、システムソリューションサービスを提供しています。

リアル行動ビッグデータの概念(「unerry」社提供)

「unerry」のサービスのひとつ、「Beacon Bank(ビーコンバンク)リテールメディア」の仕組みについて教えてください。

内山氏:まず、人流データと購買データ(小売企業が保有するPOSデータ、決済データなど)はリテールメディアを語る上で重要な基礎となります。「BeaconBank」では、全国215万個のビーコン(注1)ネットワークを支える「ビーコンシェア」(特許取得)の仕組みを活用しています。この独自技術により、屋外データを網羅的に捉えるGPSに加え、地下や屋内(ビルの何階にいるかまでも)における位置計測データも組み合わせた、屋内外の人流データをシームレスに把握しています。

(注 1)近距離無線技術「Bluetooth Low Energy(BLE)」を利用した位置特定技術。または同技術を利用した端末。

 

 それから弊社で独自開発したAIを用いて、認知向上から来店の促進、店内での行動分析、1on1の体験につなげていきます。現在120ほどのモバイルアプリに「unerry」の位置情報技術を提供し、人流データを集めています。それに基づいて、広告配信、OMOソリューションなど、さまざまなマーケティングサービスを提供しておりますが、その中でリテールメディアに特化したサービスが「Beacon Bankリテールメディア」です。

 「Beacon Bankリテールメディア」の特徴は、ビーコンで収集した人流データを活用しながら、私どもが“フルファネル”と呼んでいるテレビ広告、屋外広告、交通広告、デジタル広告(SNS含む)、店頭のサイネージ、店内でのプッシュ配信など、お客様を取り巻くあらゆるコミュニケーションツールにおいて広告配信を行なっていることです。リテールメディアでは購買データも当然重要ですが、人流データがあるからこそ他のメディアと紐づけられるという点が重要なのです。

「Beacon Bank」の仕組み(「unerry」社提供)

つまり、これまでの検索エンジンやSNS、店舗でのプロモーション以上に、顧客とのタッチポイントを多く獲得できるのですね。「unerry」のリテールメディア戦略の特徴は何でしょうか?

内山氏:私たちは“誰に配信するのか?”を最も重要視しています。そのため、人流・購買の両データを分析して購買可能性の高いユーザーを特定し、広告戦略を実施しているところが特徴的だと考えます。

現在の日本のリテールメディア市場については、どのように捉えていますか? また米国と日本市場の特徴や違いもお聞かせください。

内山氏:現在米国ではリテールメディアにおける市場規模は約400億ドル(注2)と、日本円にすると5兆円以上ありますが、日本においてはまだ数百億円レベルというのが現状だと思います。実はこの数字には両国のリテールメディアの違いも反映されています。つまり米国の場合、購買のコンバージョンポイントはECサイトですが日本の場合は店頭だという点に大きな違いが存在するのです。

 このような背景から、米国の場合は自社ECサイトの中にスポンサード・アドを出すのが主流です。対して日本の場合は、店舗を軸としたテレビ広告や屋外広告などフルファネルでコミュニケーションを行う必要があります。そして、その最も根幹のところで必要になるのが人流データです。

 とはいえ、現在のECにおける購買比率は、8%(注3)ほどの日本に対して米国も14%(注4)程度。それ以外の90%近くはリアルで動いているわけです。つまりグローバルトレンドにおいても、“店頭(オフライン)のコンバージョンをいかに向上させるのか”という点が、重要視されてくるのだと思われます。


(注 2)eMarketer/InsiderIntelligence.com
https://www.insiderintelligence.com/content/retail-media-adspending-forecast-2022
(注 3)令和 3 年度電子商取引に関する市場調査 
https://www.meti.go.jp/press/2022/08/20220812005/20220812005-h.pdf
(注 4)2021 年の主要国の EC 小売市場規模と、小売り全体に占める EC の割合(出所:eMarketer から JETRO 作成)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2022/0301/308d3a50be16ec4b.html

リテールメディアでOne to Oneマーケティングは実現可能なのでしょうか? またすでに具体的な事例はあるのでしょうか?

内山氏:リテールメディアにおいては、One to Oneマーケティングができる媒体と、できない媒体があります。テレビでは、インターネット回線に接続されたコネクテッドTVであればOne to Oneが可能です。屋外広告では難しいのが実情ですが、私たちの実施事例では、屋外広告にビーコンをつけ、その前を通る人を検知する案件がありました。

 デジタル広告に関しては、店内に入るとプッシュ配信が届いたり、アプリと連携すればより精密なOne to Oneの配信を行ったりすることが可能です。最近では店内で7インチほどのサイネージにビーコンを連携させて、その前を通った人の端末の情報に合わせてサイネージの動画を切り替えるといった施策も行っています。

「三菱食品」×「unerry」(「unerry」社提供)

 

 直近の事例では、2022年7月に「三菱食品」様と業務提携をさせて頂き、共同でリテールメディアプラットフォーム事業を推進しています。その内容は、同社が保有する小売業3,000社とメーカー6,500社との取引を通じて得られる年間約12億件のデータと、弊社が保有する月間400億件超の人流ビッグデータを掛け合わせることで、生活者の行動や購買、価値観の変化を捉え、店外と店内、リアルとデジタルを横断して最適な情報をお届けしようとするものです。

では、企業が「unerry」とリテールメディアに参入するにあたって必要なインフラやデータは何でしょうか?

内山氏:端的に言いますと、“認知から来店”“購買からファン化”までのファネル全体をデータとして整備することが必要です。そのためのステップとして、まず1つ目は、人流データを収集するための店頭へのビーコンの設置。

 そして2つ目は、One to Oneの体験強化を目的とするモバイルアプリの開発です。すでにモバイルアプリをお持ちであれば「unerry」の位置情報の技術が提供可能です。店舗内外において最適なタイミングでのアプリプッシュ配信を行うことができるようになるほか、お客様が普段どのようなカテゴリの店舗を訪れる傾向が高いのかといった情報も得られます。

 3つ目は、小売企業様が保有する「ID-POS」をはじめとする購買データを「unerry」に連携していただくことです。「unerry」の人流データと重ねあわせることで、リテールメディアでのより効果的な広告配信を行えるようになります。

ちなみにコロナ禍が収束しはじめましたが、最近の人流データには、どのような変化が見られますか?

内山氏:やはり人流は相当戻ってきています。しかし、コロナ前の行動様式に比べると変化が見られます。人々はコロナ禍を経て、足を運ぶ店舗の数を減らしているようなのです。小売の選別が進んでいるとも言えるでしょう。具体的には、セール目当てなど、“安いから行く”というアクションが減り、「目的買い」の傾向に転じてきています。そのため、新規の顧客に対して提供する店舗体験のクオリティ次第で、その後の来店率は大きく変わってくると思います。

「Beacon Bank リテールメディア」(「unerry」社提供)

ファン化を促すのが難しくなっている現状において、よりパーソナライズされた店舗体験を提供できるリテールメディアは、顧客との良好な関係を構築する手段にもなるのですね。

内山氏:そうなんです。ただ、リテールメディアはマネタイズに主眼が置かれるべきものではありません。あくまでも第一義は消費者・生活者により良いデータを届けることであり、その消費者や生活者が取るべき選択肢をリコメンドしてあげることに本質があるのです。つまり小売がメディア企業として情報発信する手段がリテールメディアで、その結果として購買に繋がりマネタイズが行われるということです。その順番を間違えてはいけないと、私は常に思っています。

人流データの取得、管理における「unerry」の取り組み(「unerry」社提供)

なるほど、小売業界は以前からオウンドメディアも展開してきていますが、店舗も含めリソースすべてを活用したコミュニケーションを行うことに、今の流れはあるのですね。その流れを踏まえて、御社は今後どのように展開していくのでしょうか。

内山氏:私どもは昨年上場しましたが、まだスタッフ数十名ほどの会社です。これからも確かな成長を遂げるには、やはり実績を積み重ねている企業との提携が重要だと思っています。たとえば先述した「三菱食品」様は多くの小売企業と取引関係を築いています。保有されるデータは多岐に渡り、そこに我々が従来とは異なる角度から提携させていただくことで、コミュニケーションにおける新たなソリューションを創出することができました。同様のアプローチを他の企業様とも行わせていただくことで、私どもも成長していきたいと考えております。

リテールメディアにおいても取り扱いデータを取り巻く状況が不透明なままだと、Cookie問題を繰り返すことになりかねませんね。

内山氏:そうですね。そうすると一気に市場が崩れてしまいますので改善を促したいですし、プライバシー保護の観点からも重要なことだと思います。リテールメディア事業を行う際は、データの健全性と安全性、つまりは正当な同意を得た上でデータを蓄積し情報を配信することがとても重要です。安全性が確保されていない状況では行わない。それほどの強い意識を持って取り組んでいきたいですね。

株式会社unerryの公式サイト:
https://www.unerry.co.jp/