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【マーケットアイvol.6】多くの企業が成長を期待する2024年 ファッションビジネスで抑えるべき3大キーワード

山中 健|Takeru Yamanaka
株式会社アパレルウェブ コンサルティングファーム主席研究員、apparel-web.com編集長
執筆者

 2024年のビジネスが始動しました。2024年のファッションマーケットはどのようになっていくのでしょうか。2023年は本格的なコロナ明けとなり、急激な回復が見られました。その流れが2024年も続くと予想され、大手企業や成長企業を中心に前向きな動きが見受けられます。今回は、ファッションビジネスで特に重要なキーワードを3つ紹介します。


本記事は株式会社アパレルウェブが運営するファッションポータルサイトapparel-web.comの転載記事です。

1.アップスケール

 長らく続いた衣料品の低価格志向。そこから脱却する動きがいよいよ本格化する年になりそうです。背景にあるのは円安と原材料の上昇による値上げです。2023年は大手を中心に値上げが続きましたが、それによる顧客離れはあまり起こらなかったことが、値上げを後押ししそうです。

 ただし価値も一緒に上げていかないと顧客離反は起きます。そこで価値と一緒に価格もあげるアップスケールが活発化していきそうです。

 

タイムレス&エイジレスでアップスケール

麻布台ヒルズのファッションフロアには
大手アパレルが富裕層に向けて開発した新業態が集結

 

 過去数年間、ファッション業界の新たな取り組みの中心はZ世代向けでした。購買経験が少なく、価値観が形成されていない若年層への商品やブランドの開発は、ファッション業界にとって必須です。海外、特に新興国では若年層の数が増えているため、今年もさまざまな取り組みが増えるでしょう。

 しかし、若年層への偏りから大人世代への新たな開発も増えていく可能性があります。富裕層やコンテンポラリー層をターゲットにしたエイジレスでタイムレスなファッションにより注目が集まります。海外コレクションから生まれた「クワイエットラグジュアリー」はすでに耳慣れた言葉となりました。普遍的でシンプル、長く着られて映える服への支持は続き、リアルマーケットにも波及しています。

 その先頭に立つのは、かつて百貨店アパレルと呼ばれた企業です。長年にわたり市場ボリュームが下位へ移行し、百貨店チャネルが揺れ動いている現在、アップスケールしたファッションによりどのような影響を与えるのか注目したいところです。

 

手仕事による価値創造

東京・銀座にオープンした「オニツカ タイガー」の体験型店舗では刺繍サービスも提供

 

 手仕事による価値創造が今、注目されています。リアルマーケットにおけるクラフト、カスタマイズ、リメイク、リペアなど職人技が光るクラフツマンシップは、ラグジュアリーブランドが謳ってきた領域ですが、現在ではリアルマーケットでも重要なキーワードになっています。

 クリエーションにおける手仕事だけでなく、カスタマイズでも手仕事の技術を感じさせる試みが増えてきています。手頃価格で顧客の寸法に合わせた技術を提供することを売りにしたビジネスモデル「M2C(Manufacturer-to-Consumer)」とはまた異なるものです。刺繍や染め直し、一点ものなどのリメイクやリペアサービスで希少性を提供する例も増えています。

 

二次流通もアップスケール

2024年12月にリロケーションオープンした「ラグタグ」原宿店

 

 二次流通ビジネスは若年層から大人層に広がり、今後は立地、内装、サービスのアップスケールにより進化します。以前の二次流通プレイヤーは服好きや節約志向の客層に向けて、裏通りの雑居ビルの空中店舗といった「わざわざ立地」に店を構えたものでしたが、ファッションビルや商業地の目抜き通りなどの好立地に出店する例が増えていきます。内装も通行客の質に合わせて格上げし、OMOをハブにしてスマートなサービスを提供する例が生まれそうです。

2.ウェルネス×ファッション

 ウェルネスとは心身の健康を指す言葉で、時間と共にその解釈が広がり、大きなビジネスやマーケットを形成するようになりました。特に注目されるのが、コロナ以降のビッグワード「ウェルビーイング」です。健康や自然に対してそれまで以上に関心を持ち、「心身ともに健康で社会が幸福に満ち溢れる」というコンセプト。

 ファッション業界でも気持ちが高揚する装いや自然テーマのファッション、ナチュラルな素材や色彩の採用といった「心」を重視した提案はこれまでもありましたが、天災や国際紛争など社会不安が払拭されることはなく、この流れは今後も拡大すると予想されます。

 

リカバリーアイテムは情緒訴求付加へ

丸安毛糸が手がけるニットブランド「Punto D’oro」リカバリーウェアを展示会で発表

 

 ウェルネスのコアである健康効果を謳うアイテムの提案が増えてきました。その代表例が「リカバリーウェア」や「リカバリーシューズ」です。これらは着るだけ、履くだけで体が改善するとされ、ベンチャー企業から大手企業まで取り組んでいます。その急成長ぶりから、各種の環境整備が必要と指摘されています。今後は淘汰が進み、確かな基本機能の追求とともに、ファッションとしての情緒機能の付加が進みバリエーションが拡大していくことと思われます。

 

ウェルネス先進業種のアパレル進出

麻布台ヒルズにオープンした「ルルレモン」はカジュアルウエアも充実

 

 ウェルネスニーズへの対応はファッション業界よりも食やスポーツ関連、そして住関連が進んでいました。パンデミック期間においては特需が生まれるほどでしたが、今はその揺り返しが起き新たな取り組みを行っています。

 その一つが取り扱い商品のカテゴリー拡張です。商品構成は単価と購買頻度のマトリックスで考えるのがビジネスの基本です。そして単価と購買頻度は反比例する傾向があります。その中で、アパレル商品は「中価格で中頻度」で、スポーツ業界やインテリア業界のような「高単価で低頻度」型ビジネスでは導入する例が増えました。

 その代表例がヨガウェアブランドです。家でできるスポーツであること、マインドフルネスなど心の健康にアプローチすることで、パンデミックでも支持され続けました。しかし単価の張るギアを使わないヨガウェアは「中価格で低頻度」になりがちです。

 そこで、スポーツ用途だけではなく街着としての需要も視野に入れ、アイテムのラインナップを増やしています。スポーツウェアとしての機能は保ちつつ、アフタースポーツや外出時にも活用できるアイテムやブランドの開発が進んでいるのです。

 

「ザ・コンランショップ東京」のアパレルコーナー

 

 そして、インテリア業界はこれまでインナーウェアやルームウェアなどの開発を試みてきましたが、多くが撤退してきました。それは、アパレルマーケットは大きいものの細分化しており、競合が激しいため、なかなかうまく行かないことが要因でした。

 しかし、それぞれの世界観でコミュニティを持つプレイヤーが開発し上手くいっている例が出てきました。その代表が生活雑貨ECの「北欧、暮らしの道具店」でしょう。ウェルネスに通じる「ヒュッゲ」な世界に映えるアパレルが人気となりました。またインテリアショップ「ケユカ」も、そのコンセプトに沿ったアパレルを開発しています。そして、昨年末には「ザ・コンランショップ」が麻布台ヒルズにアパレルのセレクトコーナーを開設しました。

 このようにウェルネスコンセプトでコミュニティを醸成した異業種がアパレルを導入し「ウェルネス×ファッション」を提案する例が増えそうです。

3.非効率への挑戦

韓国EC「ムシンサ」はソウルにトライアルに満ちた実店舗を展開

 

 小売業は、高いスペース効率を実現することで利益を生んできました。しかしコロナ禍によりそれとは別の指標を重視しています。それは「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)」です。

 メーカーでは以前から重要視してきた考えですが、若者偏向かつトレンド追随、そして潤沢な国内マーケットを抱えていた日本のファッション小売にとっては、どこか副次的な指標でした。それがコロナ禍において「いかに流動客に頼ってきたか」を実感したアパレルや小売業者も多かったのでしょう。そこで事業計画のあり方を改め、「LTV」を重要指標として考え、かつて店頭では「非効率」とされてきた取り組みをあえて行う例が増えてきています。

 例えば「売らない店」と形容される、サービスに特化した店や、コミュニティ醸成に役立つような設備を付加した店などです。商業施設でもファション物販の比率を下げて、低スペース効率な業種を導入する例が増えています。

 

江南の「ムシンサスタンダード」のコミュニティスペース

 

ムシンサはソウル・弘大のビル高層階にコミニティスペース「ムシンサテラス」を設置

 

「ムシンサテラス」の体験型アートスペース

 

 また、この「非効率への挑戦」という考えはセールのあり方も変えつつあります。セール時期はオンラインにおける取り組みとバランスをとりながら、イベントにより来店動機を作ったり、プロパー打ち出しを行うことで価格により離反する客層と距離を置く例も出てきています。全ての小売業ができることではありませんが、成長企業や大手が取り組みを見せることで業界に変容を迫るようになるでしょう。

 
「ナイキ ギンザ」にはランニングの新拠点「ナイキ ランナーズ ハブ」も開設

 

 もはや「ポストコロナという言葉さえ過去のもの」と言う声も聞かれますが、実は今起きていることやこれから起きることはパンデミックの教訓から生まれた考えや技術によるものが多く、2024年はようやくそれが実現されていくように思います。それが新たなうねりを生んで2025年に向けてどのように変わっていくのかマーケット視点でウォッチし続けていきたいと思います。

執筆者

  • 山中 健|Takeru Yamanaka

    株式会社アパレルウェブ コンサルティングファーム主席研究員、apparel-web.com編集長

    大手百貨店、外資系ブランドメーカー、大手経営コンサルタント会社を経て、コンサルタントとして独立。アパレル業界を中心に、雑貨などのライフスタイル、百貨店、SCなど、幅広い業態に対しマーケティングやMD、リテール、海外進出のコンサルティングを手掛ける。トレンド分析、市場調査、戦略策定などのマクロなテーマから、個店支援、研修などの現場へのブレイクダウンまで様々なテーマのコンサルティングに対応可能。また、欧米、アジア、国内のコレクション取材やファッションマーケット調査を数多く行っており、国内外のファッションビジネスの動向を語ることができる貴重な存在として注目されている。2009年にアパレルウェブコンサルティングファーム主席研究員、2011年にapparel-web.com編集長就任。