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ローカルファッションの成熟する「バンコク」、東南アジア随一のグローバル都市「シンガポール」【ファッションキャピタルレポート ASEAN後編】

「スタイルクリップ フラッシュレポート」の特別編として、ファッションにおける重要都市、いわゆる「ファッションキャピタル」の現状をレポート。ASEAN地域を代表する「ファッションキャピタル」として注目されるタイ・バンコクとシンガポールを、2回に分けてお伝えしていきます。後編では、ラグジュアリーとエンターテインメントが融合するシンガポールについて、詳しく解説していきます。
前編(タイ・バンコク)はこちら
ラグジュアリーとエンターテインメントが融合する国 シンガポール
シンガポールは、東京23区よりやや広い国土に約604万人が暮らす都市国家です。そのうちおよそ30%は非居住者(外国人労働者、留学生、家族帯同者など)で、年間1,653万人という人口の2倍を超える外国人旅行客が訪れています(シンガポール政府観光局〈STB〉データより)。この国際性の高さから、シンガポールはグローバルブランドの集積地として世界的に知られています。東南アジアのハブだけでなく、南半球や南アジアへのゲートウェイという役割も担い、東アジアではなかなか見られないオーストラリアやインドのブランドも数多く進出。まさに“世界のファッションブランドの縮図”といえる都市です。

左:「Marina Bay Sands(マリーナベイ・サンズ)」にある「LOUIS VUITTON」は、全面ガラス張りの近未来的な建築が象徴(筆者撮影)
右:プラナカン建築が目を引く「COACH」。ローカル文化とブランドの融合を感じることができる(「COACH」公式サイトより)
シンガポール中心部(セントラルエリア)には、ラグジュアリーモールやエンターテインメント型モールなど、観光と商業が融合した空間が並びます。快適な環境のなかで、世界の最新ブランドをショッピングできる点は大きな魅力といえるでしょう。海上に浮かぶ「LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)」や、色彩豊かなプラナカン建築を活かした「COACH(コーチ)」など、建物そのものがブランド体験となる店舗も存在し、訪れる人を魅了しています。
世界有数のグローバル都市でありながら、シンガポールは長く「ローカルファッションが弱い」と言われてきました。その背景には、人口の少なさや多民族構成による多様性、外国人比率の高さ、そして常夏という気候条件があります。しかし近年では、“シンガポールらしさ”を打ち出すブランドが次々と誕生し、「ファッションキャピタル」としての新しい可能性を打ち出しています。
日常の中に“デザイン文化”を育むローカルブランド
ここで注目すべきは、「バッグ」や「シューズ」といった身近なアイテムを軸に展開するローカルブランドの存在です。常夏でスコールの多い気候を逆手に取り、欧米ブランドにはない発想でケミカル素材や雑材を活かしたデザインが生まれています。ラグジュアリーな雰囲気と手の届く価格を両立させた「Charles & Keith(チャールズ&キース)」は、すでに日本でも知られていますが、それに続いて注目されているのが「BEYOND THE VINES(ビヨンド・ザ・ヴァインズ)」です。

2024年にオープンした商業施設「New Bahru(ニュー・バフル)」にある「BEYOND THE VINES」の旗艦店(筆者撮影)
2015年に設立された「BEYOND THE VINES」は、ナイロンバッグをキーアイテムとするライフスタイルブランドです。アウトドアやミリタリー用品に使われる軽量のリップストップナイロンを採用し、高温多湿な気候でも快適に使える機能性と耐久性を兼ね備えています。さらに、豊富なカラーバリエーションと多幸感あふれる世界観、そして手頃な価格が人気を集め、現在ではシンガポール国内のほか、各国に展開。日本では新宿マルイに出店しており、アジアを代表するデイリーデザインブランドへと成長しています。

左:「ION Orchard(アイオン・オーチャード)」にある「LOVE, BONITO」(筆者撮影)
右:「Bugis Junction(ブギス・ジャンクション)」にある「another sole」(筆者撮影)
そのほか、上質なナッパレザー(牛皮)を使ったクリーンなデザインが人気のシューズブランド「anothersole(アナザーソール)」や、ファッションを“社会的ツール”として再定義する「LOVE, BONITO(ラブ ボニート)」も注目ブランドのひとつです。「LOVE, BONITO」は、“Everyday Confidence(毎日の自信)”をテーマに、アジア女性の体型やライフステージに寄り添うコレクションを展開。ファッションを通じ、女性の生き方を支援する社会的ブランドとして国内外から高く評価されています。
シンガポールは、“グローバルブランドが集う国際都市”という特性から、商業分野での成長に強みを持つことが特徴です。ローカルプレイヤーによるクリエーションが長く望まれていましたが、経営コストがかさみやすいことや、グローバルプレイヤーとの過酷な競争などにより、短命に終わるブランドも少なくありませんでした。上述した注目のローカルファッションブランドが、この先どのようなストーリーを紡ぐのか、見守っていきたいと思います。
バンコクとシンガポール 2つの「ファッションキャピタル」
前編と後編にわたり、ASEAN地域の「ファッションキャピタル」としてタイ・バンコクとシンガポールの2カ国をお届けしました。この2カ国を通してみると、それぞれの国の特性が浮き彫りになります。バンコクでは、地元発のブランドが成長の余地を持ち、シンガポールでは国際ブランドとの競争環境が成熟しています。今後、ASEAN全域におけるローカルとグローバルが互いに刺激し合う、新たなファッション市場の拡大が期待されることでしょう。
執筆者
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山中 健|Takeru Yamanaka
株式会社アパレルウェブ コンサルティングファーム主席研究員、apparel-web.com編集長
大手百貨店、外資系ブランドメーカー、大手経営コンサルタント会社を経て、コンサルタントとして独立。アパレル業界を中心に、雑貨などのライフスタイル、百貨店、SCなど、幅広い業態に対しマーケティングやMD、リテール、海外進出のコンサルティングを手掛ける。トレンド分析、市場調査、戦略策定などのマクロなテーマから、個店支援、研修などの現場へのブレイクダウンまで様々なテーマのコンサルティングに対応可能。また、欧米、アジア、国内のコレクション取材やファッションマーケット調査を数多く行っており、国内外のファッションビジネスの動向を語ることができる貴重な存在として注目されている。2009年にアパレルウェブコンサルティングファーム主席研究員、2011年にapparel-web.com編集長就任。


