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欧米と異なるソウルの店舗戦略【ファッションキャピタルレポート 韓国・ソウル後編】

「スタイルクリップ フラッシュレポート」の特別編として、ファッションにおける重要都市、いわゆる「ファッションキャピタル」の現状をレポート。今回はファッションやコンテンツの発信力を高めている韓国・ソウルを、前編・後編の2回に分けてお伝えしていきます。後編は、韓国における店舗戦略に焦点を当て、その施策についてレポートしていきます。
前編はこちら
ファッションキャピタルレポートASEAN前編(バンコク)はこちら
ファッションキャピタルレポートASEAN後編(シンガポール)はこちら
クイックサマリー
「店舗体験」重視の出店戦略
韓国は日本と比較すると、都市型ショッピングセンター(SC)の発展が遅れており、現在に至るまで百貨店が都市商業の中心的な役割を担っています。2021年にビジネスエリアの汝矣島(ヨイド)にオープンした韓国最大規模の百貨店「The Hyundai Seoul(現代ソウル)」のような先進的事例も、百貨店主導で展開されたものです。そのため、有力商業施設では依然として画一的なテナント構成が見られるのが特徴といえるでしょう。こうした商業環境のなかで韓国ブランドは、以下の様な二層構造の出店戦略を採用しています。
- ・路面に“ショーケース型”のフラッグシップショップを構える
- ・百貨店内では効率重視のインショップを展開する
日本の場合、路面店で構築したMDをフォーマット化し、出店先に合わせてモディファイ(調整)する手法が一般的ですが、韓国では店舗体験を重視し、余白を大胆に使った空間づくりを特徴としています。そのため、同一ブランドでも路面店のフラッグシップと百貨店のインショップでイメージが大きく異なるケースが少なくありません。

個性的な外観が目を引く、狎鴎亭(アックジョン)のロデオ通り近くにある
ストリート系セレクトショップ「WORKS OUT(ワークアウト)」(筆者撮影)
また、韓国の路面店では一棟貸し物件が多い点も大きな違いです。もともと住宅街だった漢南洞(ハンナムドン)や狎鴎亭(アックジョン)、かつては工場街だった聖水(ソンス)エリアは低層建築が多く、建築的な自由度の高い物件が豊富にあります。コロナ禍以降は空き物件が増加したこともあり、これらのエリアではポップアップストアの出店が急増しました。期間限定だからこそ実現できる大胆な仕掛けや顧客体験が若い消費者を引き付け、その様子がSNSで拡散されることでUGC(ユーザー生成コンテンツ)が生まれ、“話題性が人を呼ぶ”好循環が形成されたのです。
その結果、大胆なファサードデザイン(建物の外観)や広くスペースを取ったエントランス、空間を贅沢に使った巨大オブジェの配置、低密度の陳列といった、韓国ならではの“体験重視型路面店”が生まれたと推察できます。
「ADERERROR(アーダーエラー)」に見るライフサイクル別戦略
前述した“体験重視型路面店”に見られる手法も、ブランドの成長過程やライフサイクルによって変化していきます。象徴的な事例が 、2014年に韓国で誕生したユニセックスのファッションブランド「ADERERROR(アーダーエラー)」 です。聖水洞(ソンスドン)にある旗艦店は2024年にリニューアルされましたが、以前のような大胆な演出を控え、より“売る売場”へシフトしています。

写真左:リニューアル前の「ADERERROR」 。当時は宇宙飛行士の大型オブジェが設置されていた(筆者撮影)
写真右:リニューアル後は、買上げ率の向上を意識した売場づくりへシフトしている(筆者撮影)
リニューアル前は、店内を水が流れる池のような内装や、エントランスにウェイティングスペースを設けるなど、体験性を強く押し出した空間が特徴でした。しかし2024年のリニューアルでは大掛かりな演出を抑え、アイテム数や属性別の陳列を増やすことで、買上げ率の向上を意識した売場構成へとシフトしています。2025年に東京・表参道に旗艦店をオープンしましたが、ここでも“余白”と“売り”のバランスをとった構成となっており、ブランドが次のステージへ進もうとしている様子がうかがえます。
IICOMBINED(アイアイコンバインド) グループの店舗戦略
今、韓国で最も勢いのある企業のひとつが IICOMBINED(アイアイコンバインド)でしょう。基幹ブランドは、世界中で展開されているアイウェアブランド 「GENTLE MONSTER(ジェントルモンスター)」です。その他にも、フレグランスブランド「TAMBURINS(タンバリンズ)」、ヘッドウェアブランド「ATiiSSU(アティス)」、ティー&パティスリー「NUDAKE(ヌデイク)」、そしてカトラリーなどテーブルウェアブランド「Nuflaat(ヌフラット)」など多彩なブランドを展開し、従来の店舗づくりの概念を刷新する存在となっています。

写真左:新社屋内にオープンした「HAUS NOWHERE SEOUL」は、地下5階・地上14階建ての構造(筆者撮影)
写真右:エントランスでは、巨大なダックスフントが横たわっている(筆者撮影)
同社はこれらのブランドを複合した大型店 「HAUS NOWHERE SEOUL(ハウス ノーウェア ソウル)」 を、上海・深圳(シンセン)、ソウルの島山(トサン)、新沙洞(シンサドン)に続く世界4番目の店舗として、聖水洞の新社屋にオープン。その圧倒的な規模と演出手法が大きな話題となっています。IICOMBINEDが展開する戦略は、“あえてアパレル商材を扱わない”点にあります。アパレルはSKU数が多く、ゆとりある売場づくりと収益性の両立が難しいカテゴリーです。特にデザイナーズブランドの場合、品番やサイズのバリエーションが増えるため在庫負担が大きく、消化が進まなければ売場が雑多な印象に陥ります。
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「HAUS NOWHERE SEOUL」では、「どこにも存在しない空間」というコンセプトのもと、
ブランドごとに異なる体験を提供している(「HAUS NOWHERE SEOUL」公式Instagramより)
一方、同社が扱うアイテムは、アイウェアやフレグランスなど“同一商品を多くの顧客に販売できる”という特性を持ち、且つSKUを絞り込めるカテゴリーで構成されています。これにより、余白を大きく取った売り場設計が実現し、大胆な空間の確保やブランドの世界観を象徴する巨大オブジェの設置など、“非効率への挑戦”が可能となりました。これらの施策により、来店そのものを価値ある体験へ昇華させる「体験型・劇場型の空間づくり」へと繋げているのです。
もちろん、セレブリティやインフルエンサーの活用、豊かな顧客体験の設計やUGC生成を促進するストーリーテリングなど、マーケティング要素も同社の強みです。しかし、そのマーケティングを高いコンバージョンへつなげるためには、先述のような商品施策が不可欠なのでしょう。
デジタル環境が導くブランド体験の再構築
韓国・ソウルのファッションブランドにおけるマーケティングや店舗づくりには、日本とは異なる点が数多く見られます。特に欧米や日本では、デジタルが普及する以前で既に“店舗のあり方”が完成されていたのに対し、アジアではまだ明確なスタンダードが形成されていませんでした。そのためアジアではコロナ禍を経て、デジタル前提の価値観を基軸にした、“新しい店舗のあり方”が再構築されたと言えるでしょう。
現在、ソウルで話題となっているブランドは、次のようなプロセスで成長しています。
- ・SNSが生むトレンドの種を発見する
- ・その種をブランドがクリエーションやセレブリティ活用などで再解釈
- ・再解釈の段階で、新しい取り組みや発想を取り入れ、体験価値を高める
- ・商売の原理原則に則り、持続的な拡大を目指す
一方、日本の多くの企業や消費者は、デジタル主流の時代より前に形成された店舗のあり方や購買行動のスタンダードをベースにしています。これは決して誤りではありません。しかし、MZ世代(ミレニアル世代とZ世代)より若い層の購買行動はまだ完全には確立されておらず、今まさに変容の途上にあります。だからこそ、今後予想される購買行動の変化を先読みし、新たな消費者行動に対応したブランド体験を再設計することが、企業のさらなる成長における重要なポイントとなるでしょう。
執筆者
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山中 健|Takeru Yamanaka
株式会社アパレルウェブ コンサルティングファーム主席研究員、apparel-web.com編集長
大手百貨店、外資系ブランドメーカー、大手経営コンサルタント会社を経て、コンサルタントとして独立。アパレル業界を中心に、雑貨などのライフスタイル、百貨店、SCなど、幅広い業態に対しマーケティングやMD、リテール、海外進出のコンサルティングを手掛ける。トレンド分析、市場調査、戦略策定などのマクロなテーマから、個店支援、研修などの現場へのブレイクダウンまで様々なテーマのコンサルティングに対応可能。また、欧米、アジア、国内のコレクション取材やファッションマーケット調査を数多く行っており、国内外のファッションビジネスの動向を語ることができる貴重な存在として注目されている。2009年にアパレルウェブコンサルティングファーム主席研究員、2011年にapparel-web.com編集長就任。


