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シンガポール発「Love, Bonito(ラブ・ボニート)」 “見せないCX”で年商100億 敏腕CEOが語るアセアン急成長の裏側|NRF APAC 2025現地レポート

シンガポール発“アジア女性のための”レディースブランド「Love, Bonito(ラブ・ボニート)」が、アセアン地域を拠点に急成長を遂げています。2025年度の売上高は約7,500万ドル(約116億円)に到達し、前年比30〜40%増の成長を記録。D2Cとしてスタートした同社は現在、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、香港、カンボジアを中心としたアセアン地域で、28店舗を展開しています。
「Love, Bonito」の成長のカギを握るのが、セフォラ出身の現CEO、Dione Song(ディオン・ソング)氏が率いる「“見せない”顧客体験構築」。同社では、CRMデータをバックエンドで統合しオンラインとオフラインの購買データを一元化することで、顧客ニーズを高度に理解し、リピート率を高める戦略を採用。それにより、“顧客の30%が10年来のロイヤル顧客”という高いLTVを実現し続けています。
2025年6月、シンガポールで開催された「NRF APAC 2025」のキーノートセッションでは、Dione氏による「徹底的なデジタルファーストの姿勢」と「“データだけではない”ブランド戦略の本質」について語られました。本記事では、成長著しいアセアン市場で優位性を築く「Love, Bonito」のブランド戦略について、現地レポートを交えて紹介します。
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“Ready-to-live”――アジア女性の“日常着”を深く理解するブランド
画像右:「NRF APAC 2025」に登壇した「Love Bonito」CEOのDione Song(ディオン・ソング)氏
(NRF APAC提供)
「Love, Bonito」は2010年にシンガポールで設立した、今年15年目を迎えるレディースアパレルD2Cブランドです。ブランド理念として「Ready‑to‑live, not just ready‑to‑wear(着るためだけでなく、“日常・生き方”を支えるための服)」を掲げ、アジア女性の多様な体型やライフスタイルに寄り添うオリジナルスタイルを発信し、人気を集めています。
2016年以降は複数回の資金調達にも成功。独自のコミュニティ形成とテクノロジー活用によって、多数のファッションブランドが競い合う東南アジア地域における存在感を示してきました。2021年には一度日本へ上陸し、公式オンラインストアやファッションECモールで展開したもののブランド確立に至らず、2年で市場撤退した経緯があります。
15年前、「Love, Bonito」の創設時、アジアEC市場ではすでに「ZARA(ザラ)」「H&M(エイチアンドエム)」「Mango(マンゴー)」といった数多くの世界的なファストファッションブランドが進出し市場を牽引していました。しかし、そうした欧米ブランドが展開するサイズやデザインの多くは画一的で、アジア女性が求める“フィット感”や“サイズ感”が欠如していたといいます。さらに、アジア地域特有の“暑さ”という季節特性や、平均身長、プロポーション、文化的価値観の違いなど、多くのアジア女性が抱える“リアルなファッションの悩み”が、隆盛するファストファッショントレンドの抜け穴として、確かに存在していました。
そうした中で、「アジア女性のファッションの悩みを本気で解決しようとしているブランドはほとんど存在しなかった」とDione氏は当時を振り返ります。「Love, Bonito」では、アジア女性が抱えるファッションの悩みと、グローバルファッション市場との間にある決定的なギャップに着目。「女性による、女性のための、アジア女性コミュニティに向けたブランド」を具現化し続けています。
「Love Bonito」公式オンラインストア
「Love, Bonito」が掲げる価値提案(UVP)--真の顧客目線とは、限りなくターゲットを“追求する”こと
ブランドが重視する顧客目線に立った価値提案とは何かについて、Dione氏は自身が着用しているジャケットを例に語りました。
“今着ているジャケットも、アジア女性コミュニティのために作ったものですが、ポイントは「袖」です。男性と異なり、多くの女性は袖をまくるのが好きです。しかし、袖を固定するためにヘアゴムを隠して固定したり、何度も袖を直したりしている。そこで、「Love Bonito」ではシンプルな工夫――細いゴムを袖に隠し入れる――というデザインを開発しました”
「Love Bonito」のシグネチャーの一つ
「RuchedReady®(ルーシュドレディ)」のブレザーを着用し対談するDione氏
(NRF APAC提供)
同社がブランドにおけるユニークバリュープロポジション(独自の価値提案、UVP)の一環として提案しているのが、この“ギャザー加工で袖を固定できるデザイン”を取り入れた「RuchedReady®(ルーシュドレディ)」です。ジャケットだけでなくトップスやワンピースなどにも採用され、ファッションにおいて重要なポイントの一つである「フィット感」の悩みを解消してお洒落が叶う万能なスタイルとして、多くのリピーターを醸成しています。
他にも、ファッションの地域特性で捉えると、シンガポールでは1枚で着やすい「ワンピース」が、マレーシアやインドネシアではある程度の「控えめさ」が好まれる傾向があります。また、大きな共通項である「暑さ」という季節性においては、女性の場合、“ブラジャーの着用を控えたい”という傾向がありますが、上述した地域特有の着こなしの違いにより、同じコンセプトでも多少のカバー性の違いなどが求められます。
そこで、「Love Bonito」ではパッド入りのトップスを導入。通気性はもちろん、洗濯機や乾燥機で洗えるよう改良し、ブラ・インナー・トップスという多機能性が備えられています。仕事着や日常着以外にも、ドレスやジャンプスーツなど、オケージョン向けの装いにも取り入れられることで、顧客から好評を得ています。地域ごとに異なるスタイルを考慮しつつも、「同じストーリーを伝え、エッセンスを届けることが重要」であり、それはつまり「顧客に力を与える体験(empowering experience)」だといいます。
株主や投資家から「ターゲットが狭すぎないか?」と指摘があっても、「万人向けに作ろうとすると結局は誰にも響かないものになってしまう。常にお客様目線に立ち、どのコミュニティに応え、衣服がどのように役立つのか?を考えている」と、顧客目線で地域特性やそのライフスタイルに寄り添う重要性を、Dione氏は強調しました。
「Love Bonito」のシグネチャーである「RuchedReady®」アイテム(公式サイトより)
■「Love, Bonito」が掲げる「UVP(ユニークバリュープロポジション、独自の価値提案)」
- 1.女性がデザインする、アジア女性のためのブランド(“Made by woman, for the Asian women”)
アジア女性の体型、熱帯気候、リアルなライフスタイルに寄り添い、価格と機能性のバランスの取れたデザインを提供。
- 2.オーセンティックで成長し続けるコミュニティ(“Authentic ground-up community building”)
本物志向のマーケティングを重視。コミュニティ戦略には、顧客第一のロイヤリティ・パートナーシップ・インフルエンサーマーケティング・そして女性のリアルライフを融合。
- 3.真のオムニチャネル戦略、顧客第一主義のストア(“Truly omnichannel, customer-first stores”)
デジタルとデータに基づいたオムニチャネル戦略。コミュニティに沿ってつくられた顧客第一のストア体験を提供。
「Love, Bonit」が掲げる「Unique Value Proposition(独自の価値提案)」(筆者撮影)
“見せないCX”設計でブランドの共感と信頼を生む|テクノロジーディレクターによるセッションレポート
「Love, Bonito」では、200万人以上の顧客データを活用して“現実に即したサイズ感・スタイリング”を追求しているといいます。ブランドビジョンとテクノロジーの融合については、テクノロジーディレクターを務めるAman Agarwal(アマン・アガルワル)氏がエキスポセッションで語りました。
画像右:エキスポセッションに登壇した
「Love Bonito」テクノロジーディレクターのAman Agarwal(アマン・アガルワル)氏(筆者撮影)
「Love, Bonito」のウェブサイトでは、「As Seen On(アズ・シーン・オン)」というページを設け、多様な体型のコミュニティメンバーによるリアルな着こなしを掲載。購入の際のインスピレーションや不安解消に役立てています。また、顧客のロイヤルティレベルに応じて、「GOLD(ゴールド)」「SILVER(シルバー)」「BRONZE(ブロンズ)」の3つのランクからなるリワードプログラム「LBCommunity(LBコミュニティ) 」を設けています。特に「GOLD」「SILVER」ランクから利用できる「スタイリング予約」特典は人気だといい、店舗を“体験の場”として戦略的に位置付けています。
また、Aman氏は、「私たちは服を売る会社であって、テクノロジー企業ではない。だからこそ、技術は主張しすぎてはいけない」と語り、テクノロジーは“縁の下の力持ち”であり、“見えない形”で顧客体験(CX)を支えることの重要性を強調しました。
「As Seen On」機能(公式オンラインストアより)
■「Love,Bonito」の主なCX設計
- 1. パーソナライズ機能(Style Machine / “Curated for You“)
顧客の好みや行動履歴に基づいて商品をレコメンド。AI機械学習を活用し、顧客によるフィット感や好みの入力履歴をもとに、マッチした提案で購入率が向上。
- 2.モバイルアプリの最適化とプッシュ通知
リアルタイム通知による販促効果はメールを凌ぎ、アプリ経由のコンバージョン率は2倍に。セッション時間も大幅に向上。
- 3.アジャイルな開発体制と効果測定
機能はKPIと連動して設計・開発され、成果が出なければすぐに見直しや停止を行う柔軟な運営を徹底。
リワードプラログラム「LBCommunity」(公式サイトより)
CEOが語る「アジアにこそ、本物のブランドが必要」--セフォラで学んだオムニチャネルの限界
「Love Bonito」のブランド理念「Ready-to-live, not just ready-to-wear.」(公式サイトより)
「NRF APAC 2025」で全講演のラストを飾り、注目を集めた「Love Bonito」。同社の成功戦略の裏には、CEOであるDione氏が自身のキャリアパスを通じて模索してきた「本物のブランドとは何か」という問いと、「Love Bonito」と出会うに至ったストーリーが印象的に語られました。
マーケターとしてキャリアをスタートしたDione氏はこれまで、「Zalora(ザローラ)」「Sephora (セフォラ)」といった大手ECマーケットプレイスでAPAC(アジア環太平洋)全域のコンシューマーマーケティングに従事してきた経緯を持ちます。EC領域をリードする立場で、ユーザー行動や実店舗との連携などパフォーマンスにおけるミクロ分析を担っていた彼女は次第に、巨大な組織における“マーケティングの限界”を感じるようになったといいます。
“例えば、私が「Sephora」で「Fenty Beauty by Rihanna(フェンティ・ビューティー・バイ・リアーナ)」のローンチを担当していたときのことを思い出します。当時、たった一晩で、ファンデーションやカラーコスメの風景が一変しました。従来は「4色から5色で十分」だったのが、今では6色では足りず、最低でも12色から18色は必要というように、スタンダードが変わったのです。それは、自分たちのコミュニティやターゲットとする顧客に合う色を揃えるためです。”
“すべてをミクロに追っていたけれど、Eコマースだけでは顧客を語りきれない。マーケットプレイスでは、いくら頑張ってもブランド全体の戦略にまで影響を与えるのは難しいと感じました”
自身のキャリアに悩みを抱える中で、女性向けネットワーキングイベントで「Love, Bonito」の共同創業者であるRachel Lim(レイチェル・リム)氏と出会いました。そこで意気投合したことをきっかけにDione氏は自身初となる「Love Bonito」というブランド側での新たなキャリアをスタート。多くのサプライチェーンが集約するアジア環太平洋地域から「世界に通用するブランドが誕生していくべきだ」と信念を掲げ、これまで経験してきたマーケティングの専門知識を活かしてブランド構築をリードしてきました。
“単なるOEMやPBブランドではなく、目的を持ち、ストーリーを語り、価値を体現できるブランドこそが、これからの時代に必要です。「Love, Bonito」がそのひとつになることを信じていますし、私たちは本気でそれを実現しようとしています”
データ分析だけでは捉えきれない「ブランド戦略の本質」
「Love Bonito」のアイテムを着こなし、はつらつとした表情と彼女の言葉で語ったDione氏。まさに彼女自身がブランドの価値を体現しているといえる洗練された佇まいに、筆者を含め、魅了されたオーディエンスも多かったことでしょう。
「時代を越え、シーンを問わず、“ありのままの自分らしさ”を叶える服」として、アジア女性のライフスタイルに寄り添う「Love Bonito」。明確化されたブランドの存在意義と、ブランドの価値を高め浸透をサポートするテクノロジーの両輪こそが、同ブランドが持つ最大の武器といえます。成長著しい東南アジア地域において、「Love Bonito」がさらに実現していく快進撃に引き続き期待と注目が集まります。
「Love Bonito」シンガポール「ION Orchard(アイオン・オーチャード)」店(筆者撮影)
参照:
https://www.lovebonito.com/intl
【パリ開催】NRF 2025: Retail’s Big Show Europe
- 2025年9月16日~18日
- Paris Expo Porte de Versailles
- テーマ:「Retail Together」
- イベント詳細・チケット登録はこちら:https://www.nrfbigshoweurope.com/en
【2026年度|ニューヨーク開催】NRF 2026: Retail’s Big Show
- 2026年1月11日~14日
- イベント詳細・チケット登録はこちら:https://nrfbigshow.nrf.com/
【2026年度|シンガポール開催】NRF Retail’s Big Show APAC 2026
- 2026年6月2日~4日
- MARINA BAY SANDS | SINGAPORE
- イベント詳細・チケット登録はこちら:https://nrfbigshowapac.nrf.com/
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APPARELWEB INNOVATION LAB.|アパレルウェブ・イノベーション・ラボ
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小川 祐佳|Yuka Ogawa
APPARELWEB INNOVATION LAB. コンテンツディレクター
おがわゆか●1990年、北海道出身。横浜市立大学国際総合科学部卒。繊維専門商社、PR・広告企業での法人営業職を経て2020年アパレルウェブ入社。企業経営層に向けビジネスヒントを発信する法人会員制サービス「アパレルウェブ・イノベーション・ラボ(AIL)」にて、セミナーイベント、オウンドメディア編集、企業取材など、コンテンツ企画運営業務全般を担う。