普段から筆者は、市場調査を兼ねてニューヨークの街中をよく歩いているため、見慣れない店構えにはつい敏感に反応してしまいます。昨年の秋にも、マンハッタンのノリータ(Nolita)を歩いていた際に、これまで見かけたことのないジュエリーショップがふと目に留まりました。店舗のウインドウ越しに、顧客がカウンターで店員と会話をしながら何やら作業をしている様子が垣間見えました。
店舗の正体は、日本国内で17店舗を展開する、手作り指輪の専門ブランド「ringram(リングラム)」です。筆者の目にたまたま留まったこの店舗は、2024年11月、米国・ニューヨークにオープンしたブランド初となる海外店舗だったのです。偶然の出会いが、日本ブランドの海外初出店の挑戦を知るきっかけとなりました。
指輪を「買う」のではなく「自ら作る」体験を提供する「ringram」。結婚を控えるカップルだけでなく、友人同士や親子からも支持されています。D2C時代には「モノよりコト」という言葉が持てはやされましたが、今はまさに「コトがモノの価値を高める」時代。そんな時代の流れに引き寄せられるようにニューヨークに上陸した「ringram New York(リングラム ニューヨーク)」。ニューヨーク出店の舞台裏や魅力について、ringram USA Inc 代表 小沼氏への取材を交えてレポートします。
日本公式サイト https://ringram.jp/
米国オフィシャルサイト https://ringram1929.com/
「ringram」が米国・ニューヨークを選んだ理由
「ringram New York」の店内の様子(リングラム提供)
まず筆者が気になったのは、出店エリアの選択です。 広大な米国で、なぜニューヨークを選んだのでしょうか。その理由について、同社代表の小沼氏は次のように語りました。
「海外出店に挑戦するのであれば、よりハードルが高そうな国や都市で挑戦したいと考えていました。ヨーロッパやアメリカの他都市に比べ、ニューヨークは国内店舗の立地条件に近い部分が多く、目的地には車でなく歩いてアクセスができ、ショッピングを楽しめることも決め手となりました。」――ringram USA Inc代表・小沼氏
予想以上に時間を要した出店準備
実際に「ringram New York」が出店したソーホー(Soho)界隈は、ブランドにとって理想のロケーションだったといいます。物件選定の段階では他のエリアも検討したものの、観光客と地元の人々が行き交うショッピングエリアに拠点を構えることができたのは、幸運でした。
もっとも、海外出店には予期せぬチャレンジがつきものです。同社は2023年4月から出店計画を進め、視察のために何度もニューヨークへ渡航しました。その後、約1年後の2024年5月にようやく物件契約にこぎつけ、同年11月に無事開業を迎えています。一見順調に見えますが、実際は物件選定に想定以上の時間を要し、さらに施工も計画より数ヶ月遅れるなど、当初の開業予定より後ろ倒しとなったそうです。それでも、結果的に米国で最も重要な商戦機であるホリデーシーズンに間に合う形での出店が叶いました。日本でいう年末商戦にあたるタイミングでの開業は、むしろブランドにとって良いスタートとなったのかもしれません。
日本とは異なる多種多様な顧客層と関心
ニューヨークの店舗には、日本では見られなかったような多様なお客様が訪れています。
開店初日、最初にドアを開けたのは、Instagramで偶然「ringram」を見つけた二人の女性でした。誕生日のアクティビティに選んでくれたのだといいます。まだ誰も知らない店に足を運んでくれる──その背景には、開業前から「ringram」が継続していたソーシャルメディア発信が奏功しました。特に、最初に投稿したTikTok動画は大きな話題を呼び、徐々に予約へと結びついていったのです。
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公式Instagram@ringram_nyより
現地を訪れる顧客に多いのはやはりカップルのお客様。しかし、日本とは異なり、友人同士や母娘で来店する人も多く見られます。中にはLGBTQのカップルもいて、小沼氏は「とても嬉しい発見でした」と語ってくれました。
体験中の様子も印象的です。指輪を製作しながら、ストア・アーティサンと冗談を交わして笑い合う、和やかな雰囲気が広がっています。そうしたアメリカならではの光景と、顧客とブランドとの距離感の近さが感じられます。小沼氏は、サービスの位置付けについて、以下のように説明しています。
「『ringram New York』が提供しているのは“パーソナライズ・リング”です。もちろん結婚を控えたカップルも多いですが、“ウェディング専門”とは打ち出していません。そのため、誕生日や旅行の思い出づくりなど、幅広い来店動機で関心をお持ちいただけています。ニューヨークでの展開は、当社にとって挑戦であると同時に、とても楽しい経験です。」――ringram USA Inc代表・小沼氏
さらに、リングには名前やイニシャルのみならず、自分で描いたイラストを刻印することも可能。ニューヨークのお客様はとてもクリエイティブだそうで、専用タブレットに向かって真剣にイラストを描き込み、中にはデザインにかなりの時間を費やしている方も少なくないといいます。その熱量は専門のストア・アーティサンも驚くほど。希望者が多いため、タブレットを複数台用意する必要があったとのことです。
指輪作りのイメージ(リングラム提供)
“挑戦を歓迎する文化”がある
多くの日本企業が海外進出の第一歩としてアジア地域を選ぶ中、「ringram」はあえて米国に挑戦しました。
「円安やインフレ、金の市場価格の高騰など、どうしてもデメリットばかりに目がいきがちでした。しかし実際にアメリカに足を運び、少しでも動いてみると、想像以上に挑戦を歓迎する文化があることを実感しました。なぜ今アジアではなくアメリカなのか?と頻繁に問われましたが、挑戦を尊ぶ文化や言語面での親和性を考えても、アメリカに挑戦して本当に良かったと思っています」――ringram USA Inc代表・小沼氏
「ringram」のニューヨークでの挑戦の物語は、まだ始まったばかりです。「パーソナライズリング」という体験型サービスが、ニューヨークの街でどのように根付いていくのか。そして今後は、ニューヨーク以外の都市へと広げていくのか――その展開が楽しみです。
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