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アダストリア「niko and …」 中国・ASEAN市場に向けた成長戦略 成功の鍵は“ 本気のグローカル”【AILイノベーションノートVOL.7】
会員企業様のイノベーティブな取り組みを紹介する「AILイノベーションノート」。取り組みから見えてくるヒントをAILコミュニティで共有し、会員の皆様と一緒に次のビジネスチャンスを探っていきます。
第7回でご紹介するのは、国内外で約1,400店舗、30以上のブランドを統括するカジュアルファッション専門店チェーンのアダストリア。1953年に水戸市で紳士服小売店として創業後、4度のビジネスモデル変革を経て今では日本を代表する大手ファッション企業の一つにまで成長。近年では、積極的にEC化、台湾や中国への海外進出に取り組み、厳しいコロナ禍においても比較的影響が少なかった成功例として取り上げられています。
同社は2023年4月、タイのバンコクにASEAN初となる旗艦店「niko and …BANGKOK(ニコアンド バンコク)」をオープン。また、フィリピンに現地法人を立ち上げ出店の準備を進めるなど、ASEAN進出を本格化させています。
今回は同社の中国・ASEANにおける“グローカル”戦略について海外事業を統括する常務取締役の北村 嘉輝氏にお聞きしました。
北村 嘉輝氏
アダストリア 常務取締役
きたむらよしあき● 1976 年1 月25日生まれ、京都府出身。京都学園大学卒。アパレル企業を経て2007 年にドロップ(トリニティアーツの前進)入社。スタディオクリップ事業部長、ニコアンド事業部長を経て、2014 年に同社取締役 営業本部長就任。アダストリアグループに参画後、2015 年にアダストリア執行役員就任。2018 年に上席執行役員営業統括本部長およびAdastria Asia Co., Ltd. 董事に就任し、国内・海外の営業部門を一手に統括。2019 年に取締役就任を機に拠点を上海へ移しグループの海外事業拡大を牽引する。2021年より現職。
アダストリア コーポレート https://www.adastria.co.jp/
アダストリア公式WEB ストア 「.st(ドットエスティ)」 https://www.dot-st.com/
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過去の撤退経験を糧に再度挑戦、ポイントは“グローカル”マインド
―2023年4月にタイ出店、さらに今後フィリピンへの出店を準備中と伺いましたが、なぜその2か国なのでしょうか?
北村氏:
実は、私たちは2012年1月からシンガポール第一号店をオープンし約3年間事業を行っていたのですが、一度撤退しています。当時は現地の高額な店舗の賃料に加え、私たち自身が海外市場に関するニーズを把握する体制を整えられていませんでした。
そのような流れがあった後、ASEAN市場全体を俯瞰してみたときに、人口が増えていて年齢層も若く、ファッション需要が伸びている市場であり、価格面でも日本のアパレルが十分に受け入れられる水準だと判断しました。特にタイはまず親日国であるという点、また近年マーケットが成熟してきており海外のモノや文化を比較的受け入れやすい国柄という観点から、出店を決めました。
2024年1月にはフィリピンにも子会社を設立し、タイとともにASEANでの事業基盤の構築を図っています。そして今後はベトナムへ出店していきたいと考えています。
「niko and …BANGKOK(ニコアンド バンコク)」旗艦店(アダストリア提供)
―各国・地域ごとに商品展開を変化させていると伺いました。
北村氏:
基本的に中国・ASEAN向けの商品生産は中国国内で完結していて、20~30%は各地域に沿ったマーチャンダイジングのもと、日本の規格とは全く異なる商品を生産しています。これは、シンガポール事業を一度撤退することになった要因の一つなのですが、日本の商品をそのまま持って行っても売れないということを実感したからです。
それぞれの地域のお客様に対してどのようにビジネスを展開していくかが小売企業にとっては重要で、現地のニーズに沿った柔軟なマーチャンダイジングが必要です。特に、ASEANは気温が高く、中国も北と南で気候やファッションスタイルが全く異なります。各地域に合わせてマーチャンダイジングを展開していくこと、その取り組みを私たちは“グローカル”と呼んでいますが、そうすることで今はある程度の成果が出てきています。
現在、中国では東京とほぼ緯度が変わらない上海や成都で展開していて、そこから台湾と香港に近い地域へと順に南下し、さらに暑い国(フィリピンやベトナム)に向けてチャレンジしていこうと考えています。
地域オリジナル商品が並ぶ「niko and … 」バンコク旗艦店の店内の様子(アダストリア提供)
ローカルニーズの変化を現地駐在で捉える。“百見は一住に如かず”
―海外現地のターゲット層のニーズはどのようにキャッチされていますか?
北村氏:
私たちがなぜ直営の現地法人を海外各地に設けているかというと、ニーズは現場でしか拾えないからです。日本国内で生産したものを送り込んでいては、どうしてもタイムラグやギャップが出てしまう。そのため、各国の駐在メンバーと共に“売れる色”など現地の旬なニーズやトレンドを、スピード感を持って捉える必要があると考えています。
今、日本のアパレル企業の多くは海外事業から撤退しています。15~20年前までは「日本のブランドとして出せば売れる」機運がありましたが、今やもうそんな簡単な状況ではありません。海外ローカルブランドが力をつけ、人々の趣味嗜好も変化しています。ところが、一方で日本のマーケットは縮小していますので、どの日本企業も海外進出は挑戦したい。中長期的に海外へ本格的に進出し、勝っていくためにはやはり現地法人を設立し、その土地で暮らし、どう勝負するか見極め舵を切っていく必要があると考えます。
店内にはさまざまな地域オリジナル商品が並ぶ(アダストリア提供)
地域ごとに現地の言語でSNSを運営・発信(「niko and …」バンコク店公式インスタグラムより)
よく「海外事業で一番大事なことは?」と聞かれますが、その度に「本気度」と答えています。出張で行く程度だと、視察が中心で環境やマーケットの流れを肌で感じられないからです。私も4年程前から年の半分以上は中国に住んでいて、やはり目線が変わりました。
実際に住むことで「ベンチマークしていなかったけれど、こんなブランドが出てきた」「最近はコーヒーよりもお茶がトレンド」など流行を肌で感じ取ることができます。まさに「百見は一住に如かず」。現地駐在によって見えてくる、街の流行りや新しいブランド、ライフスタイルの変化などさまざまな情報を包括的に得ていく必要があると考えます。
―今年度のタイへの進出において、なぜ現地のECモール等への出店ではなく、旗艦店を先に展開したのでしょうか?
北村氏:
実は、前述したシンガポール以外にも、2018年に約50展開していた中国の店舗うち、大半を撤退しました。当時は、他の多くの大手アパレル企業と同様に、中国の代理商に半分以上を任せる形で複合型店舗に出店していたのです。しかし、中国国内でEC利用が一気に拡大し店舗売上が激減したと同時に、中国のローカルブランドがお洒落でクオリティも日本製に劣らず、かつ低価格の商品を売り出してきたため、負けてしまいました。
この経験からブランディングの重要性を痛感し、今後はしっかりとブランディング戦略を据えた出店を心掛けようと、現地法人設立や旗艦店の運営に至っています。
また、出店料も要因です。例えば中国の大手ECモールやショッピングモールは、こちらから出店しようとすると出店料がかさみ、販管費が高騰するため利益構造が成り立ちません。しかし、旗艦店でブランディングし商品や世界観をしっかりと訴求できれば、モールの出店オファーを呼び寄せることもできる。直営店はこのような利益を生み出しやすくするための経営目的もあり重要な位置づけとして展開しています。
デジタルマーケティングにおいても、リアル店舗の重要性は高い
―なるほど。現在、中国にも再出店していると思いますが、過去の撤退経験から、具体的に店舗ではどのような戦略を新たに展開していますか?
北村氏:
まず出店地域ですが、上海、成都、重慶といずれも1級都市と呼ばれるエリアに出店しています。私たちの商品価格帯を売ろうとすると1級都市で暮らすライフスタイルやお洒落を楽しむような人々がターゲットとなります。1級都市である程度の認知度を確立することで、他の2級、3級都市にも波及していくため、ブランディングという意味でも出店エリアを非常に重視しています。
来店客で賑わうバンコク旗艦店内(アダストリア提供)
バンコク旗艦店で開催されたKOL イベントの様子(アダストリア提供)
また、店舗では定期的にKOL(Key Opinion Leader、中国におけるインフルエンサー)を招いてイベントを開催し、SNSを通じて認知拡大を狙っています。ただKOL戦略の課題としては、一時的には爆発的に売れるものの、継続が難しいということです。認知度が低い中でEC上に広告を出し続けても、砂漠に水を撒くようなもの。そこで、ブランドを理解しファンになってもらうためには、確実にブランディングされたリアル店舗で、その地域に暮らす人やローカル企業とコラボレーションしたイベントやワークショップなどを行うことを大切にしています。その様子をKOLやKOC(Key opinion customer、口コミを発信する消費者)に「微博(Weibo、ウェイボー)」「小紅書(Red、レッド)」「抖音(Douyin,ドウイン=中国版TikTok)」といったローカルSNSを通じて発信してもらい、2群層、3群層の顧客獲得を目指していけるような仕組みをとっています。
店舗の役割としては「モノを売る場」ではなく「ブランドを表現する場」であることが非常に重要になってきています。ECで買うことが当たり前となってきている中で「モノを売る」だけでは顧客の心も踊らないし来店する価値がない。一方で、店舗に来てもらえればロイヤリティの高い顧客IDも低コストで得られる。そういった意味でも、店舗とECをどう繋げてブランドを強くしていくのかという考え方のもと、いかに「来店する価値」を作り上げられるかが勝負です。
―中国でもD2Cブランドなど多くの競合が登場していると思いますが、どのように差別化していくのでしょうか。今後の海外戦略の展望を踏まえてお聞かせください。
北村氏:
アダストリアの中で「niko and …」は一番エントリーしやすい立ち位置のブランドです。なぜならば、ライフスタイルアパレルブランドという形態が中国・ASEANではまだ少ないからです。私たちは20年近くアパレルとライフスタイルの融合形態を運営してきた強みがあるので、まずは「niko and …」を筆頭に海外ローカルに風穴を開け、そこから2番手、3番手のブランドへとマルチ展開をしていきたいと考えています。
店内にはカフェも併設(アダストリア提供)
店内に並ぶライフスタイル雑貨(アダストリア提供)
そもそも最近は「日本製」という言葉の価値が変わってきているように思います。以前は「日本のブランド」「日本製だから」という理由で買う人が多い時代もありましたが、今はそうではありません。日本のアパレル業界は本気で気合いを入れて挑まないと、世界では勝てない。グローバルで勝負していく時に最も重要なのは「ローカル」だと思います。そのため、日本の社員が暮らすことはもちろん、現地出身の社員やメンバーとコミュニケーションを取りながら戦略的にブランディング展開していくことが大切だと考えています。
今冬を迎えるとタイに出店して1年が経過するので、そのノウハウをもって来年度にはフィリピン・マニラに現地法人を立ち上げ出店し、その後はベトナムへと進出していきたいと考えています。ASEANは成長マーケットで国民性もポジティブです。成功のポイントとなるのはやはり気温ですので、自分たちの中でノウハウを蓄積し、次の国、次のブランド進出へ横展開していきたいと思います。
【編集後記】おわりに
今回は、フラッグシップストアの「niko and …TOKYO(ニコアンドトーキョー)」や韓国のサブカルチャーを発信するセレクトショップ「ALAND(エーランド)」など、アダストリアの展開店舗が多く立ち並ぶ渋谷エリアの本社で取材させていただきました。
1年の半分以上を中国で過ごし、日本と行き来している北村氏。そして今春のバンコク出店から、今後もフィリピン出店など次々とASEAN進出を仕掛ける多忙な中でタイミング良く取材ができたことは大変ラッキーでした!
「日本といえばアニメ」。バンコク店舗では積極的に参加型イベントを実施しており、某人気アニメとの大々的なコラボイベントは開店前から行列ができ大盛況だったとのこと。他にも、専用ウエアを生産・販売して実施したランニングイベントでは、完走後に店舗で打ち上げをしたということで、当日見せていただいたイベント写真の様子からも、顧客だけでなく現地スタッフもともに楽しみながら運営している印象を受けました。
タイ、フィリピンをはじめとするASEAN地域にはエネルギッシュな機運が感じられ、ファッション、エンタメ、カルチャー、ライフスタイルは融合しながら今後ますます盛り上がっていくように思います。ASEAN進出を検討されている方、視察に行かれる方など是非一度は訪れて、現地のエネルギーを体感いただきたい店舗の一つです。(AIL編集部 小川)
取材協力
株式会社アダストリア
常務取締役 北村 嘉輝氏
広報部 小林 紀代美氏
https://www.adastria.co.jp/
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